革靴で歩き出した主人公・ハロルド・フライ(ジム・ブロードベント)の足は、血マメがつぶれ化膿し、痣だらけ。途中行き倒れになった彼を偶然女医が救ってくれたが、なぜ、彼はここまでしてイギリスの南西から最北端の地まで800キロを歩き通せたのだろうか。イギリスというと、首都ロンドンにあるダブルデッカーバスやエリザベスタワー、赤い電話ボックスなどを思い出してしまうが、ハロルドが向かう道中は自然がつくりだした絶景が美しい。歩く彼の胸中には息子のデイヴィッド(アール・ケイヴ)との苦い思い出がフラッシュバックする。
原作『ハロルド・フライの思いもよらない巡礼の旅』は37か国で刊行され、600万部を誇るベストセラーで日本でも2014年本屋大賞(翻訳小説部門)2位に輝いた。主人公のハロルド・フライを演じるのは、イギリスを代表する演技派俳優のジム・ブロードベント。名前だけでは耳慣れないが、「ハリー・ポッター」シリーズのスラグホーン先生、あるいは『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』のサッチャーの夫役、最近では、『ゴヤの名画と優しい泥棒』で前代未聞の事件を起こした主人公が記憶に新しい。
定年退職をして妻のモーリーン(ペネロープ・ウィントン)と暮らすハロルドのもとに一通の手紙が届く。差出人はかつてのビール工場の同僚だったクイーニー(リンダ・バセット)という女性からで、ホスピスで入院しているが、もうすぐ命が尽きるというものだった。「どうかお大事に」と書いた手紙をポストまで投函しようと家を出る。途中ガソリンスタンドに立ち寄り、店員の女性からガンの伯母の体験を聞いたハロルドは、ホスピスのクイーニーに「今から歩いて会いに行くから、それまで生きてくれ」と決意を電話で伝える。彼にはクイーニーにどうしても伝えたいことがあったのだ。日中はトボトボ歩き、安宿に泊まる。「今日は13キロしか歩けなかった」と、寝る前にはため息が出る。800キロは、60日以上歩きつづけなければならない道のりだ。
道中、一杯の水を振る舞ってくれた婦人の優しさや、カフェで相席となった紳士から思わぬ相談をうけることもあったが、もう足も体力も限界だった。遂に行き倒れになってしまったハロルドを介抱してくれたのは、スロバキアから移住してきた女医のマルティナ(モニカ・ゴスマン)だった。彼女はパートナーに裏切られた過去を打ち明ける。足の痛みが癒え、歩き出したハロルドであるが、立ち寄ったカフェで雑談をした男が撮った写真が新聞に載ると、彼に声をかけ遂には一緒に歩き出す人も出てきていつの間にか彼の旅は大集団になっていった。
壮大な丘陵地とその先の青い空や多くの人と出会いにハロルドは心を癒されながら初志貫徹した。そして何よりも、ハロルドはこの旅で変わった。まさかの旅立ちで、人生がもたらす喜び、哀しみ、驚き、そして愛を再発見できたのだ。ハロルドの笑顔に胸が熱くなり拍手を送りたくなった。
『ハロルド・フライのまさかの旅立ち』
6月7日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラスト有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開
配給:松竹