今でもスタジオ入口に『七人の侍』と『ゴジラ』の壁画を掲げる東宝。〝明るく楽しいみんなの東宝〟を標榜し、都会的で洗練されたカラーを持つこの映画会社は、プロデューサー・システムによる映画作りを行っていた。スター・システムを採る他社は多くの人気俳優を抱えていたが、東宝にもそれに劣らぬ、個性豊かな役者たちが揃っていた。これにより東宝は、サラリーマン喜劇、文芸作品から時代劇、アクション、戦争もの、怪獣・特撮もの、青春映画に至る様々なジャンルに対応できたのだ。本連載では新たな視点から、東宝のスクリーンを彩ったスタアたちの魅力に迫る。
現在シルバー世代に属し、青春時代に東宝映画をご覧になっていた殿方なら、〝ワコちゃん〟派、あるいは〝デコスケ〟派のどちらかに属していたはずだ。六十年代末の東宝のスクリーンでは、司葉子や星由里子、浜美枝といった、かつての〝東宝ビューティーズ〟は人妻や激しい恋愛に身をやつす役など、大人の女優の位置にシフト。我々ティーンエイジャーが熱い視線を浴びせたのは、等身大の東宝ニュー・ヒロイン、酒井和歌子と内藤洋子の二人であった。
東宝には、原節子~高峰秀子~八千草薫~司葉子~星由里子と続く、上品で都会的な雰囲気を醸すスタア女優の系譜がある。1959年から東宝映画に接した筆者は、戦前・戦後の原と高峰は知らずとも、『日本誕生』、『無法松の一生』などで見る当時の二大東宝女優(※1)の高貴なお姿に、子供心にもひれ伏すような思い(憧れとも少し違う不思議な感情)を抱いたものだった。天照大神や吉岡夫人なら当たり前だが……。
その系譜・歴史を継ぐ者として、まず黒澤明が『赤ひげ』(65)で、酒井和歌子を含む候補者の中から内藤洋子を重要な役(加山雄三扮する保本登の結婚相手)に抜擢。その可憐さが認知され、すぐにテレビの「氷点」(66)に大きな役で使われた内藤は、木下惠介原作、山田太一脚色による純愛映画『あこがれ』(66/監督:恩地日出夫)で映画初主演を果す。
これが高く評価され、加山の妹を演じた『お嫁においで』(同/監督:本多猪四郎)で初めて〝デコスケ〟の愛称で呼ばれると、内藤は『育ちざかり』(67/監督:森谷司郎)以降も陽子=デコスケとして、広いおでこを武器に東宝青春映画の王道を歩んでいく。
これに対し、なかなか大きな役に恵まれなかったのが酒井和歌子だ。劇団や少女モデルなどで芸能活動を始め、内藤より一年早く東宝で女優デビューしていたものの、どこか翳りが見られる酒井に、東宝はB級喜劇『落語野郎』や若大将、クレージー映画などでささやかな役を与えるくらいの扱いしかしてこなかったのである。
内藤が主役の踊り子を演じた恩地日出夫監督作『伊豆の踊子』(67)でも、ちっぽけな脇役=東京の男に捨てられた気の毒な娘役に甘んじた酒井(※2)に、少しはマシな役が振られるようになったのは、ザ・ドリフターズの初主演作『ドリフターズですよ! 前進前進また前進』(同)や夏木陽介の青春もの『燃えろ!太陽』(同)あたりから。
すでに内藤とは相当な差をつけられていた酒井。それがゆえにシンパシーを覚えた向きも多かろうが、その魅力が一気に開花したのが恩地の傑作『めぐりあい』(68)だった。