22.12.21 update

どこか昭和が香る熱海は、さまざまな形で描かれる

古くからの湯治の地で、徳川家康も来湯しているという熱海。
約1500年前、海から熱い湯が湧き出ていたことから名がついたとされる。
街は東洋のモナコとも称され、温泉と風光に恵まれ、冬は暖かく、夏は涼しいので
東京方面からの保養地、温泉地として、いわゆる奥座敷とされてぃる。
本文に紹介されている映画『東京物語』での中村伸郎のセリフも頷ける。
昭和30年代は新婚旅行のメッカであり、高度経済成長期には団体旅行客が多くなった。
昭和の数々の映画でも、新婚旅行、社員旅行、家族旅行、男女のお忍びの旅行など
さまざまな形で熱海が描かれている。
熱海という温泉地には、どこか昭和が香る。


熱海へおでかけ
~東京から近い温泉地の昭和情緒~

文=川本三郎

昭和の風景 昭和の町 2018年1月1日号より


昭和28年公開『東京物語』にも登場する熱海旅行

 熱海が輝いていた時代があった。
 東京に近い温泉地のため、社員旅行や新婚旅行、あるいは男女のお忍び旅行の絶好の場になった。
 小津安二郎監督の『東京物語』(53年) に熱海が出てくる。尾道から東京に、息子や娘たちを訪ねて来た老夫婦(笠智衆、東山千栄子)が、娘(杉村春子) の発案で熱海に行くことになる。親孝行のつもりだが、老いた両親をもてなすのに疲れたこともあるだろう。
 娘の杉村春子はきょうだいに早速、呼びかける。「お父さん、お母さん、熱海にやってあげようと思うの」。そばで夫の中村伸郎が賛成する。「熱海はいいですよ、この暑いのに東京見て歩くよりゃ、温泉へでも入って、ゆっくり昼寝でもしてもらうほうが、お年寄りにはよっぽどいいですよ」。
 そこで両親は熱海に行き、旅館に泊まるのだが、ちょうど社員旅行の団体客が入っていて、酒を飲んで騒ぐ。麻雀をする。窓の外には、流しがやって来て歌う。大変なにぎわいで、老いた両親には合わず、結局、一泊しただけで東京に戻ってしまう。
 この時代、熱海が人気の行楽地になっていたことが分かる。朝、旅館で掃除をしている仲居たちが「ゆうべの新婚どお? がら悪かったわね」と噂しているのも面白い。新婚旅行でもにぎわっていた。

静岡市民にとっても県内の熱海はおでかけに人気の町で、写真は昭和41年に県内七間町から熱海後楽園にやってきた家族の記念写真。熱海後楽園には「ゆうえんちアピオ」という遊園地があり(平成27年1月閉園)、子供連れには格好のスポットだった。現在、遊園地跡は、熱海後楽園ホテル芝生広場になっている。写真提供:七間町商店街

家族旅行にも人気の行楽地

 家族連れもいる。
 昭和三十三年の映画、源氏鶏太原作の『重役の椅子』(筧正典監督)では、熱海行きが家族のおでかけになる。
 池部良演じる主人公は商社に勤める有能なエリート社員。奥さん(杉葉子) と小学生の息子の三人の家庭を大事にしている。
 いつか暇が出来たら、家族水入らずで熱海に行くのがささやかな夢。ある日曜日、熱海に行こうと家を出たところで会社から電話で急に呼び出される。熱海行きは中止になる。高度経済成長期の働き蜂には、なかなか余裕がない。がっかりした子供は「いつ、熱海に連れて行ってくれるの」と怒る。
 そして、最後、ようやく大きな仕事も社内の人事の混乱も一段落する。会社の帰り、千疋屋のメロン(当時の御馳走)を買って家に帰ると、「わあ、メロンだ」と喜んだ子供に「今度の日曜日、熱海に行くぞ」。
 昭和三十年代のはじめ、熱海行きは、家族のうれしいおでかけだった。こういう光景はどこの家庭にもあったのではないか。

1 2

映画は死なず

新着記事

  • 2024.12.19
    NHK紅白歌合戦の変遷をたどってみたら、東京宝塚劇...

    石橋正次「夜明けの停車場」

  • 2024.12.18
    坂本龍一が生前、東京都現代美術館のために遺した展覧...

    音と時間をテーマにした展覧会

  • 2024.12.18
    新しい年の幕開けに「おめでたい」をモチーフにした作...

    年明けに縁起物の美を堪能する

  • 2024.12.17
    第26回【キジュからの現場報告】喜寿を過ぎて─萩原...

    これからは地方の都市に住むかもしれない……

  • 2024.12.12
    ベルリン国際映画祭金熊賞受賞!桃農家を営むスペイン...

    スペインの桃農家のできごと

  • 2024.12.12
    三菱一号館美術館 再開館記念「不在」─トゥールズ=...

    応募〆切:12月20日(金)

  • 2024.12.12
    作曲家・筒美京平がオリコン週間1位を初めて獲得した...

    いしだあゆみ「ブルー・ライト・ヨコハマ」

  • 2024.12.09
    リチャード・ギアも出演した黒澤明監督の『八月の狂詩...

    数々の「老女」役で存在感をみせた村瀬幸子

  • 2024.12.09
    泉屋博古館東京「企画展 花器のある風景」観賞券

    応募〆切:1月20日(月)

  • 2024.12.07
    中山美穂さんの大ヒット映画『love Letter...

    河井真也さんの追悼の言葉

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!