まず初めにこの物語をばらしてしまうようで恐縮だが、村上弘明演ずる鋳物職人・野平徳人を父に持つ息子・野平幸助(平田雄也)はオートレーサー。幸助は、賞金王を目前に練習中の事故で右足の自由を失う。障害者になった幸助を、父、母(岡江久美子)らに支えられながら、やがて出会う心や身体、差別といった様々な障害を抱える人々が、絶望する幸助を変えていく。ある日、義足でロードレースに挑む松本唯と出会い、「進む道は変わっても、同じ夢を叶えられるかもしれない」と、幸助はバイクから自転車に乗換え、再び自らの夢を追い始める。まさに人生の〝車線変更〟にハンドルを切る。様々な産業と誇れる職人の技が残る街を舞台に、1964年東京オリンピックに使われた聖火台を造った川口の鋳物を守り続ける野平徳人と家族の絆を軸に、それぞれが抱える様々な障害に立ち向かう姿を力強く描き出す。幸助は障害者用自転車で2020年の東京パラリンピックを目指す。
川口といえば、吉永小百合のデビュー作『キューポラのある街』から60年。オートレース場のある同じ埼玉県川口市が舞台となったが、今や高層マンションが建ち並び、「本当に住みやすい街」(某住宅関連会社の評価)としても知られている。しかし本作の制作決定は2017年12月、間もな撮影が開始され2019年中にクランクアップ、編集作業に入ろうとしていた矢先だった。新型コロナウイルスの蔓延によりすべてのスケジュールが狂う。追加費用が発生するばかりか、メインキャストの岡江久美子さんがコロナ禍に斃れ、隆大介さんも急逝、アクシデントがつづき完成が危ぶまれていた。
そこで立ち上がったのは外でもない、川口市の市民たちだった。本作を埋もれさせてはいけないと、「映画『車線変更』上映市民の会」を結成、クラウドファンディングを立ち上げたのだ。川口の産業や豊かな風景を映画に残したいと願うプロデューサーの国枝秀美さんが40年以上暮らした街だけに、その思いを受けた川口市の市民や関係者、市内の企業や団体も後援することになったという。
本作は多くの困難を乗り越えて追加撮影・編集が行なわれ、完成までにこぎ着けたのだった。11月に川口市内で実現した完成披露試写会では、国枝プロデューサーは支援した市民や関係者を前に涙ながらに謝辞を述べたと伝えられている。映画完成までに託した市民の思いが涙を誘う温かい実話である。いよいよロードショーは2022年12月30日、地元の〈MOVIX川口〉から全国へスタートする。