2021年5月、日経新聞「私の履歴書」連載の吉行和子さん


「その日」までを楽しく生きる

私の生前整理 2010年10月1日号より

文=吉行和子
(女優)


「死」に対する思いの変化

 物を持つのが好きではない性格なので、現在必要なものだけ、という感じで生活しています。ですから、整理もわりと簡単にできるのではないか、と思っています。

 整理できないのは〝心〟の問題でした。どうして〝死〟などというものがあるのだろう。死は当然訪れるものだし、生まれて来た以上、避けて通れないもの、と頭では分かっていても、それは恐ろしい未知の世界として、私を脅かしました。

 それが数年前から、すーっと消えたのです。四才年下の妹が突然癌の宣告を受けて、決して治らないという状態になりました。この世からいなくなる妹と一緒に過ごしている間に、こうして人は一生を終えていくのだと、自然に思えて来ました。生きている間も、死んでからも、その人の人生はずっと続いている、と思えたのです。今まで恐ろしい未知の世界だったものは、そのまま続いている、まだ知らない世界、として楽しみにさえ思えて来たのです。

 母のあぐりを見ていても、そんな思いはますます強くなりました。母はこの七月で百三歳となりました。足は駄目になりましたが、頭はしっかりしています。多分、そんな自分を見つめながら生きているのでしょう。時々冗談のように、「もうすぐお別れね、待っているわよ、でも、ゆっくりでいいからね」などと言っています。

思い残すことのない、
心の準備

 残った私は、(多分そうなると思っているのですが)家の中を片づけなくてはなりません。私と違って母は物を決して捨てないのです。引き出しの中も、ぎっしり、わけのわからないものが詰まっています。もう少し前は、いいかげんに捨てたら、と小言をいっていましたが、今ではそういうのは遠慮しています。ですからその時が来たら、かなりの大掃除になるでしょう。身体を鍛えておかなくては、と真面目に考えています。

 お墓は作りました。そして私の分も、永代供養をお願いしてあります。私がいくら物を最小限に少なくしても、やはり残ってしまいます。これは他人の手を煩わせてしまう事になります。ですから分かりよく、すべて片づけてしまえるようにしておかなくてはなりません。仕分けが必要です。

 こんな状態で過ごしていると、何だか不思議な気分になります、自分が整理される日まで、カレンダーを捲るようにして待っているのかしら、なんて考えます。

 いずれにしても必ずやってくる日、その日までを楽しく生きて行くのが大切でしょう。ですから、未知の楽しい世界に行くまでの、慣れ親しんだこの世界で、思い残すことのないよう、心の準備をしておこうと思っています。

よしゆき かずこ

女優。東京生まれ。父エイスケ、兄淳之介、妹理恵は作家。1960年『にあんちゃん』『才女気質』の演技で毎日映画コンクール女優助演賞を受賞。『愛の亡霊』(78年、大島渚監督)で日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞。『折り梅』(02年、松井久子監督)等で、毎日映画コンクール田中絹代賞を受賞したほか、『佐賀のがばいばあちゃん』(05年、倉内均監督)『おくりびと』(滝田洋二郎監督)に出演するなど現在も舞台やテレビに数多く出演し、高い評価を得ている。エッセイ集『どこまで演れば気がすむの』(潮出版社)で日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。ほか『ひとり語り』(文藝春秋)などの著書がある。 

2010年10月1日 Vol.6より
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