萩原朔美のスマホ散歩
散歩は、街を一冊の本のように読むことだ。だから、スマホでの撮影は、読書感想を忘れないための、メモ書きみたいなものなのだ。この「スマホ散歩」を読んでくれた人が、それぞれの街を読書し始めたらとても嬉しい。何か楽しい風景に出会えることを願っている。
第16回 2021年8月31日
たとえば、舗装されていない道路に出会うと、一気に昭和に引き戻される。砂利道で転んで膝を擦りむいた事。雨が降ると真ん中に出現する巨大な水溜り。それをゴム長靴で蹴散らした事。雑草で輪を作り、足を引っ掛けて誰かがころぶのを想像する悪戯。こういう思い出の舞台装置は、道以外に誰もが幾つかあるに違いない。
滅多に見かけなくなった牛乳瓶ボックスと、ゴミ箱も私にとっての思い出の舞台装置だ。
牛乳瓶が牛乳紙パックにとって代わり、配達しなくなってしまった。牛乳の紙の蓋を集めるのも楽しかった。ガラス瓶がぶつかる早朝の音は、まだハッキリと耳の奥に残っている。
ゴミ箱は、プラスチックの容器に代わってあっという間に姿を消した。板の前扉を上げてゴミを回収するシステムが懐かしい。
テレビアンテナも今や絶滅危惧種だ。屋根の上に燦然と屹立していたアンテナ。テレビが家に有ると主張しているアンテナの存在は、憧れだった。あんなに動画に飢えていた昭和生まれの私は、アンテナの林の中に何を夢見ていたのだろうか。
考えて見れば、令和生まれの人にとって、昭和とは明治時代の話しである。「降る雪や明治は遠くなりにけり」草田男。
はぎわら さくみ
エッセイスト、映像作家、演出家、多摩美術大学名誉教授。1946年東京生まれ。祖父は詩人・萩原朔太郎、母は作家・萩原葉子。67年から70年まで、寺山修司主宰の演劇実験室・天井桟敷に在籍。76年「月刊ビックリハウス」創刊、編集長になる。主な著書に『思い出のなかの寺山修司』、『死んだら何を書いてもいいわ 母・萩原葉子との百八十六日』など多数。現在、萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち 前橋文学館の館長を務める。