24.07.25 update

3度目の挑戦で俳優座養成所に合格した田中邦衛は、『若者たち』『若大将シリーズ』、そして、ドラマ「北の国から」など多くの作品で、存在感のあるキャラクターで親しまれた

★特集コラム 劇団俳優座80年の役者たち Vol.10

2024年2月10日に創立80周年を迎えた「劇団俳優座」。劇団俳優座で活躍した名優たちをクローズアップしてお届けする。第10回は7期生の田中邦衛(1932年11月23日~2021年3月24日)

 岐阜県土岐市生まれの田中邦衛の生家は、100年以上続く美濃焼の窯元である。地元の旧制中学で品行があまりよくなかった田中は、父親がツテを頼って全寮制で道徳を重視する千葉県柏市の麗澤短大付属高校へ転校させた。幼い頃から映画を観るのが好きで、俳優に憧れていたが映画会社の募集する美男美女には尻込みをしていた。そんな田中に学友が教えてくれたのが俳優座養成所だった。麗澤短大時代に2度受験したが、不合格。やむなく故郷へ帰って家業を手伝いながら代用教員をしたが、養成所への気持ちは断ちがたく、教員を10カ月で辞めて3度目の挑戦をしたのである。

 試験官の東山千栄子から、「あなた、またいらっしゃったの」と言われながらも、3度目で合格。1955年養成所7期生として入所。同期には井川比佐志、露口茂、山本學、藤岡重慶、中町由子、水野久美らがいた。57年、今井正監督『純愛物語』(東映)に初出演。58年、NHKの本格的な連続ドラマで、十朱幸代と岩下志麻の出演が話題になった「バス通り裏」でテレビ初出演。58年、安部公房の戯曲『幽霊はここにいる』(俳優座第44回公演)で、いつも幽霊を連れている貧相な男、深川啓介役の抜擢で注目される。

▲芥川賞をはじめ多くの賞を受賞し、劇作家としても多数の作品を発表した昭和を代表する作家・劇作家の安部公房原作の『幽霊はここにいる』は、58年、俳優座第44回公演として、千田是也演出、田中邦衛主演で初演となる。本作は58年度岸田演劇賞を受賞し、翻訳版がヨーロッパ各国でも上映され、国内でも度々上映されている。写真は70年公演で深川啓介を演じる田中邦衛と、大庭三吉を演じる三島雅夫。2024年は安部公房生誕100年にあたる年だが、安部は73年に自身が主宰する演劇集団「安部公房スタジオ」を発足させ本格的に演劇活動を始めた。発足時には田中邦衛、仲代達矢、山口果林など12名のメンバーが集まった。堤清二の後援を受け、西武劇場を本拠地として活動した。『幽霊はここにいる』で主役に抜擢された田中は、「夢にまで演出の千田先生に追いかけられました。嬉しさより怖さが先だった。そんなとき千田先生の奥様が薬用酒をそっと差し入れてくれたことが本当に嬉しかった」とインタビューで語っている。

 

 61年からスタートした「若大将シリーズ」では、加山雄三の颯爽とした若大将に対して、何かと横車を押すドラ息子の青大将・石山新次郎役を演じる。このシリーズは10年間17作という東宝のドル作品になり、青大将は回を重ねるに従い、主役の加山をしのぐ人気となった。65年に出演したフジテレビ「若者たち」は映画化され、第22回毎日映画コンクール男優主演賞を受賞した。65年~72年には高倉健の網走番外地シリーズ(東映)、73年~74年には菅原文太の仁義なき戦いシリーズ(東映)でわき役の地位を確固たるものにした。73年、井川比佐志らと俳優座を退団、安部公房らと行動を共にし、後にフリーとなる。

 田中邦衛の代表作として浮かぶのはドラマ「北の国から」の主人公・黒板五郎役である。「北の国から」は倉本聰の原作、脚本で81年10月から翌年3月迄の毎週金曜日10時からフジテレビ系で24話にわたって放送された。不器用ながらも二人の子の成長を見守る父親役で、田中の当たり役の一つとなった。東京の生活になじめず、妻(いしだあゆみ)の浮気を機に、故郷の北海道・富良野に帰って来た五郎と、父に連れられてきた純(吉岡秀隆)と蛍(中嶋朋子)が富良野の大自然の中で成長していく姿が描かれた。出演者は収録前から合宿をして土地になじむことから始める徹底ぶりだった。連続ドラマ24話の後も、純と蛍の成長に合わせスペシャルドラマが作られ、「北の国から 20202遺言」まで21年間にわたり多くの視聴者に愛された。今でも、「北の国から」のタイトルを聞けば、さだまさしの主題歌とともに、顔をくしゃくしゃにして笑う田中が浮かんでくる。

『男はつらいよ』シリーズや『学校』シリーズ、藤沢周平3部作の『隠し剣 鬼の爪』(04)など山田洋次監督作品にも数多く出演した。夜間学校を舞台にした『学校』(93)では中年になるまで文字が読めなかったイノさんを演じ、日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞した。「北の国から」で苦楽を共にした杉田成道監督の『最後の忠臣蔵』(11)で赤穂旧家臣の奥野将監役で特別出演したが、奇しくも本作が遺作になってしまった。67年『若者たち』で毎日映画コンクール男優主演賞、74年『緑色のストッキング』で紀伊國屋演劇賞第9回個人賞、99年紫綬褒章、06年旭日小綬章受章。21年3月24日逝去。享年88。

映画は死なず

新着記事

  • 2024.11.21
    「星影のワルツ」「北国の春」という2つの大ヒット曲...

    千昌夫「夕焼け雲」

  • 2024.11.20
    能登の子どもたちや被災者を、美しい音楽で励ましてく...

    被災者に勇気を与えるウイーン・フィルの活動

  • 2024.11.20
    指揮・坂本龍一✕東京フィルハーモニー交響楽団による...

    坂本龍一の伝説のコンサートを映画館で!

  • 2024.11.19
    ベートーヴェン「第九」初演から200周年の記念すべ...

    12月31日特別先行上映、1月3日から1週間限定公開!

  • 2024.11.19
    敷寝具から枕まで世界最大級の熟睡ブランド、〈マニフ...

    特別モデル【エコ サンドロ】限定3000台の予約開始!

  • 2024.11.18
    公募展の発祥地〈東京都美術館〉のテーマは「ノスタル...

    芸術活動を活性化させ、鑑賞の体験を深める

  • 2024.11.18
    女優「高峰秀子」と妻「松山秀子」─日本映画史に燦然...

    高峰秀子という生き方

  • 2024.11.15
    本格イタリアンをご家庭で、日清製粉ウェルナの「青の...

    応募〆切: 12月20日(金)

  • 2024.11.15
    京都のグンゼ博物苑で、昭和の激動時代の魅力を伝える...

    グンゼの創業の地で、「昭和レトロ展」

  • 2024.11.14
    「嵐」と並ぶシングル58曲連続トップテン入りを果た...

    THE ARFEE「メリーアン」

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!