21.12.27 update

伝統工芸、寄木細工を支えて50年

金指勝悦  
金指ウッドクラフト 代表取締役 /伝統工芸士


箱根駅伝・往路優勝のトロフィーを納めて…

 お正月の風物詩になった箱根駅伝。令和4年の往路優勝校に贈るトロフィーの制作を終えて箱根町の勝俣町長にお納めしたばかりでホッとしているところです。平成8年から年末の12月15日、これで26個目のトロフィーを納めてきました。往路優勝にふさわしい思いを込めて、毎年その年の話題をトロフィーに刻みます。2022年(令和4年)のトロフィーは一年後れで開催された「2020オリパラ」をテーマにしましたし、2021年は「鬼滅の刃」をテーマにしました。ラグビーワールドカップがあった2019年は、五郎丸選手が大活躍したこと、2017年は将棋の藤井聡太さんの29連勝をイメージするなど、毎年の話題を盛り込んで制作してきました。寄木細工が神奈川県、箱根町の伝統工芸であることをアピールしてくれる証で光栄なことだと思っています。

2021年12月15日 勝俣町長へ26個目のトロフィーを届けた金指氏。

 先日東洋大学の監督室の写真を見せて頂き、7つのトロフィーが一等席に並んでいるのを見たときは感無量でした。山の神として大活躍した柏原竜二さんは、箱根町に講演にやってくると、当店にも寄って体験したことをネットでも宣伝してくれます。ありがたいことです。芦ノ湖のゴール地点で選手たちを待ち、町長から優勝校に授与されるところを見届けることがお正月の日課ですが、コロナ禍の影響で昨年に続き観戦や授賞式ができないのは残念でなりません。

第98回大会往路優勝校に贈られるトロフィーとメダル。コロナ禍という逆風の中の開催となったが、世界中に蔓延するウイルスに、負けず頑張るアスリートの姿に感銘を受けた金指氏 が、「東京2020オリンピック・パラリンピック」をテーマにした。 オリンピックのシンボルである五輪マークとパラリンピックのシンボルであるスリーアギトスマーク、そして今大会のエンブレムに使用された市松模様をモチーフにした。台座は、本大会のセーリング競技場になった白波が美しい湘南の海をイメージしている。

独自に考案した無垢の寄木細工

 ここ畑宿は旧東海道五十三次の小田原宿と箱根宿の中間に位置し、旅人たちが甘酒を飲みながらひと休みする場所で、江戸時代は大変にぎわった地区です。また木材が豊富にあり、木工を生業とする人たちがほとんどでした。旅人たちへのお土産物として、箱根寄木細工が生まれ、私も祖父が寄木細工を作っているところを見ながら育ちました。高校で機械科に学び、卒業後は親戚の木工会社に就職し、家具調のテレビやラジオ、ステレオなどの電気製品やキャビネットを作るなど木工の技術を身に付けて5年後に独立しました。「寄木じゃ飯が食えない」と職人たちは職を替え、衰退する一方でした。

 しかし、伝統工芸品の寄木細工の存続を神奈川県や箱根町も心配していました。箱根町も予算を取ってくれたこともあり、昭和45年技術がなくなることを惜しむ先輩職人を集めてくれて技術研修が行われ、私を含めた10人ほどの若手と勉強会を開くことになったのです。当時、私は最年長の30歳、親方たちの指導のおかげで、祖父の寄木作りを見ながら疑問に思っていたことがすーっと解けて、その面白さに開眼したのです。

工房には、切りだした材料の中から部材を膠(にかわ)を使って結合し、様々な模様になった寄木のブロックが並ぶ。

「よし、寄木作りで飯を食えるようになる」と固い決意をし、父に宣言すると、「お前な、寄木作りで飯が食えるんだったら村中を逆立ちして歩いてやるよ」と言われたほど、当時は無謀と思えることだったのです。

 それまでの寄木細工は、特殊なカンナで薄く削った模様を、小箱などの木製品の外側に貼り付ける「ズク」という技術が主でしたが、抵抗があった私は、厚みのある寄木をそのまま製品化する新しい「無垢(ムク)」という技法を考案して作り続けました。一年365日のうち360日、一日24時間のうち20時間、その間に営業に行き、もう無我夢中でした。年一回小田原で開催される職人の「箱根物産デザインコンクール」や「伝統的工芸品産業コンクール」などにも出品し、その後も各種公募展などで数々の賞を受賞することができました。

通商産業大臣により「伝統工芸品」に指定される

 けれども売れない限りは、寄木職人の生活は安定しません。そこで私は、いろいろな行事やイベントの記念品として使ってくれるよう箱根町に直談判に行きました。ありがたいことに箱根町の支援の確証を得ることができたので、さらに付き合いのあったホテルや甘酒茶屋に置いてもらえるように働きかけました。結果、大変評判がよく、取り扱いたいというところが増えたのです。それまでは箱根湯本の大きな問屋が職人に仕事を出す形で、問屋が値段を決めていましたが、それを逆転させて職人が自分で値段を決め、問屋が購入するシステムにしました。一緒に勉強した仲間たちの売上げも上がり、「寄木細工を復活させよう」という機運が盛り上がってきたのです。

 昭和59年には通産大臣により「伝統工芸品」に指定され、「寄木」の技術継承は箱根・小田原地方に根付いたのです。現在、寄木細工の組合に属している工房は12軒、組合に属していない職人も含めると約30名になります。5年後はもっと減ってしまうかもしれません。当工房もどうしてもやりたいと言ってきた20代の若者二人に教えているところです。彼らは毎日無垢の寄木のブロックを作る作業を続けています。

「無垢作り」の菓子器、茶筒、ぐい呑みやお盆。温かみがあっておしゃれな雰囲気が魅力の寄木細工は、結婚祝いや引越し祝いなどお祝いの品にぴったり。

 箱根駅伝のトロフィーと同じように当地の大箱根カントリークラブで開催される〝CATレディースゴルフトーナメント〟のトロフィーの制作も続いており、これらが良いPRになっていますが、全国的にはまだまだ広げていきたいと思っています。箱根町からも都内で展示会をやりましょうといった提案をいただいております。私は、81歳になりました。木工に携わり木屑にまみれて63年、寄木細工で50年、まだまだ箱根寄木細工の魅力を広げたい、箱根には素晴らしい伝統工芸があることを知ってもらいたい、この強い思いで箱根寄木細工の制作に夢中で取り組んでいます。


かなざし かつひろ

昭和15年箱根町生畑宿生まれ。木製キャビネット製造㈱に勤務を経て独立。昭和45年から寄木細工を学び、伝統の技と新しさを独自の手法・デザインで無垢の寄木細工の制作に励む。平成22年第61回「全国植樹祭」行幸啓にかかわる献上品制作。平成23年11月瑞宝単光章受賞。店内では寄木コースター作りなどの体験もできる。

※2022年7月逝去、享年82。令和5年の第99回箱根駅伝往路優勝のトロフィーは金指さんの生前のアイデアをもとに遺族や弟子たちが制作した。

金指ウッドクラフト
〔住〕神奈川県足柄下郡箱根町畑宿135
〔問〕0460-85-5567

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