その人の美しさを規定するのは挙措動止の端正さ
しかし、目(ま)の当りにした岸さんを、一言(いちごん)以て之を蔽(おお)うならば、日く「自然な人」というに尽きるだろうか。
岸さんが実際の年齢にはとても感じられない若々しさなのも、それが若く作っているというのでは断じてなくて、それどころか、どこにも作り事がなく、等身大の岸惠子としてすっと立っている、それゆえに若々しいのだと思うのである。不自然な「若作り」の人と対極にある人、それが岸惠子である。
美しいということは、実は外見の問題ではない。もちろん外見だって美しいのだけれど、それより大切なのはいわゆる挙措動止(きょしどうさ)の端正さであろうか。これが実は、ほとんど決定的にその人の美しさを規定する。おそらく厳格な上流の家庭に育たれた、その「育ち」が、こういう佇まいを決定するのだろう。その後、イヴ・シアンピに乞われてフランスに渡り、かの地の上流社会、文化の香のなかで磨かれたことは、ある程度あるとしても、それが決定したことではあるまいと私は考える。もともと、岸さんはこうであったのだ。だからこそシアンピほどの男が心を動かされたのではなかったか。
岸さんははっきりと物を言う人である。あれは良い、これは良くない。そのところに嘘も隠しもないという人である。おそらくは、その心のなかで物事に対する好悪(こうお)の念がはっきりとしているのであろう。こういうことを言うのは、まことにおこがましい限りだけれど、私自身も、好き嫌いがはっきりしていて、それをあまりにも明確に表明しすぎると、若い頃にはよく注意されたものだった。そのことは、イギリスの個人主義に学んだものでもなんでもなく、要するに生まれつきそうだったとしか言いようがない。岸さんも、この玲瓏(れいろう)たる個人主義、名誉ある孤立とでも評したいような、きわだった「個」のありようは、たぶん生れつきで、だからこそ12 歳で大人の制止を振り切って防空壕から脱出したのであろうし、それがたぶん彼女をして能(よ)くフランス的文化風土のなかに己を融和せしめた所以(ゆえん)であろうかと思われる。
そしてじっさい、こういう風に、炳焉(へいえん)たる個を持ちながら、婀娜(あだ)とたおやかな花を持った人というのは、遺憾ながら、限りなくゼロに近い数しかこの世には存在しないのである。
きしけいこ
女優、文筆家。横浜市生まれ。1951年中村登監督作品『我が家は楽し』で映画デビュー以来、女優として映画やテレビの数多くの作品に出演。また数こそ少ないが、パリで踏んだジャン・コクトー演出『影絵一濡れ衣の妻』、市川崑演出『情婦二なとの舞台作品もある。映画『ハワイの夜』『君の名は』『女の園』『ここに泉あり』 『忘れえぬ慕情』『雪国』『おとうと』『黒い十人の女』『怪談』「約束』『男はつらいよ 私の寅さん』『化石』『悪魔の手毬唄』『細雪』『かあちゃん』『たそがれ清兵衛』、テレビ下ラマ「太閤記」「赤い疑惑」「沿線地図」「修羅の旅して」「幸福」「水の女」「向田邦子終戦特別企画 いつか見た青い空」「碧空のタンゴ~東京下町、ある職人一家の終戦~」「こころ」「ワルシャワの秋」「大女優殺人事件」「恋せども、愛せども」「東京大空襲」、テレビドキュメンタリー「ナイル6,700キロ、最初の一滴を求めて」「イスラエル」「エーゲ海の風に吹かれて岸惠子輝きのギリシャ旅行」など゛多数の出演作がある。最新作は映画『スノープリンス禁じられた恋のメロディ』。また『巴里の空はあかね雲』(文芸大賞エッセイ賞)、『ベラルーシの林檎』(日本エッセイスト・クラブ賞)、『砂の界へ』『30年の物語』小説『風が見ていた』、エッセイ集『私の人生ア・ラ・カルト』、フォト・エッセイ集『私のパリ私のフランス』、フランス語翻訳絵本『パリのおばあさんの物語』などの著書がある。
はやしのぞむ
作家・書誌学者。1949年東京生まれ。慶應義塾大学卒、同太学院博士課程修了。ケンブリッジ大学客員教授、東京藝術大学助教授等を歴任。専門は日本書誌学・国文学。『イギリスはおいしい』で日本エッセイスト・クラブ賞、『ケンブリッジ大学所蔵和漢古書総合目録』で国際交流奨励賞、『林望のイギリス観察辞典』で講談社エッセイ賞を受賞。学術論文、エッセイ、小説の他、歌曲の詩作、能、自動車、古典文学等幅広く執筆し著書多数。また田代和久氏らに師事して声楽を学び、バリトン歌手としても活動。最新刊は『リンボウ先生のうふふ枕草子』(祥伝社)、『節約の王道』(日経プレミアシリーズ)、『夕顔の恋』(朝日出版社)。『謹訳源氏物語』(全10巻、祥伝社)。