文=樋口尚文
2013年1月1日号 PERSON IN STYLE《美しいとき》より
東宝映画ではサラリーマンものや青春映画というより、『マタンゴ』や『怪獣大戦争』といった特撮映画やアクション映画での暗黒街に生きるヴァンプといった役どころ。おそらく、水野久美という女優は、多くの人々にそのように認識されているのではないだろうか。エキゾチックな美人で、コケティッシュな魅力、オープンカーやトレンチコートが似合うところから和製フランソワーズ・アルヌールとも礼讃された。2012年に上梓された水野久美さんの自伝的な本『女優 水野久美 怪獣・アクション・メロドラマの妖星』は水野久美さんを初恋の人だったと語る映画評論家・樋口尚文さんとの共著で、樋口さんの目を通して、水野久美という女優の人生が紐解かれ知られざる横顔をうかがい知ることができる。
撮影:平岩亨 撮影協力:銀座シネパトス
世界中のSF映画ファンを魅了した特撮映画のミューズ
水野久美さんは、そのお名前の響きだけで甘酸っぱい疼痛を感じてしまう憧れの女優さんである。多くの水野久美ファンがそうであるように、私にとっての最初の水野さんとの遭遇は、1965年暮れに封切られたお正月映画『怪獣大戦争』(本多猪四郎監督)だ。水野さんが扮したのは、地球征服をたくらむX星人の間諜ともいうべき役である。子どもほど直観的にホンモノを見抜くというが、当時まだ三歳にして私は他の映画会社の特撮映画には見向きもせず、東宝特撮映画にのみ夢中だった。子どもほど子どもだましに反感を持つもので、逆に東宝特撮映画はしっかり大人も楽しめる構えになっていたところが子どもごころを射抜いたのだ。
そして、東宝特撮映画の「本格感」を支えていた大きな理由のひとつが、水野久美さんのようにアダルトでセクシーなお姉さんが登場して、まさに大人っぽい演技を見せてくれたことなのである。ハリウッド俳優ニック・アダムスとの抱擁シーンなど本当にどきっとしたが、子どもほどそういうお色気が嬉しいもので、肝心の主役のゴジラのことは意外と余り覚えていない。これに先立って、水野さんは1963年に『マタンゴ』(本多猪四郎監督)というテーマ的にも出色の特撮物に出演されているが、これと『怪獣大戦争』が併映でアメリカ公開されたおかげで、ボブにポップな宇宙服の水野久美さんのアイコンは世界中の特撮ファンにあまねく知れ渡ることになる。
味をしめた私は翌年の夏に公開された、東宝特撮最後の狂い咲きともうべき傑作『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』を観るにあたって、ロビーカードに映るきれいなお姉さん=水野久美とスクリーンで出会うことがすでに大きな目的になっていた。ここでも『ウエスト・サイド物語』のラス・タンブリンと共演していた水野さんは、等身大の俳優、タレントばかりである現在とは違って、銀幕の向こうの非日常で輝いている遠く美しい存在だった。それは水野さんが撮影所という映画工場がまだ元気であった時代にデビューした女優さんであるからだろう。今どきの貧しいインディーズ作品から輩出した女優さんには、おおむねこういう夢の「箔」がない。