24.01.17 update

【追悼】箱根強羅のアトリエで一心不乱に絵筆をとった画家・八代亜紀さんが語っていたこと

【雑誌¿Como le va?(コモレバ)】アーカイブ(2018年4月1日号)に収録された、亡くなられた八代亜紀さんのエッセイを公開します。タイトルは「画家に戻る場所、心を癒す場所」。2015年の箱根大涌谷の噴火の際に箱根の魅力と安全性を発信するため「はこね親善大使」に就任。協力を惜しまなかった八代さんは、様々な箱根の話題づくりに尽力されていました。「出身地の熊本県八代の名産はゴザなの。産地のゴザを敷いて、大涌谷でみんなで寝転んで星空を眺めながら、歌謡ショーをやりたい」と夢を語っておられたことが忘れられません。


画家に戻る場所、心を癒す場所

文=八代亜紀

箱根は私の第二のふるさと

 私にとって歌は命、絵はそれを支える精神です。

 父は画家を目指したほど絵が好きで、私も4歳の頃から絵画教室にも通って、画家になることが夢でした。 絵画教室では一番幼く、上級生に交じって写生に出かけるとき、最前列で白い髭の先生に手を引かれて行く光景を今でも覚えています。

 箱根にアトリエを持ちたくて随分探しましたが、念願の強羅にアトリエを作ったのは20年以上前です。以来、月2 回、3日から4日の滞在で箱根に籠ります。このスケジュールは何をおいても最優先。季節ごとに鋏とカメラを持って花を摘みに行き、アトリエには 窯もあり陶芸をやる主人のつくった陶器に花を生け、「光と影」をじっくり観察して緻密に色を重ねます。

 私の作風は写実的なルネサンス期の手法です。毎年5ケ所ほどで個展を開きますので、年間最低でも100点は描かなければなりません。箱根を下りてコンサートや番組出演をしたあと、絵の具の乾いた頃に戻るので、色を重ねるのにとてもいいリズムなのです。ですから箱根との距離感は、歌手・八 代亜紀と画家・八代亜紀のリズムがぴったり合うのです。

 箱根は富士山が望め、温泉もあり、 食べ物も美味しいし、月も星もきれい。 東京からわずか1 時間ちょっとの距離なのに、森があって、朝は鳥のさえずりで目が覚めます。冬、夜中にキャンバスに向かっていると、「ホー、ホー」 というミミズクの鳴き声がして、それを真似て私も「ホー、ホー」と。ミミズクたちの会話の中に入ると、一瞬シーンとなって、ミミズクと遊んでいるようで、童心に帰れるひとときです。

「良い絵を描くには焦ってはいけない」と丁寧に色が重ねられていく

〝はこね親善大使〟として

 制作中はスタッフも一緒にアトリエに寝泊まりし、まるで合宿のようですが、私は寝食を忘れるほどの集中力でキャンバスに向かいます。そして一息つくと温泉に浸かる。最高に幸せな瞬間です。箱根は私にとって、心を癒してくれる場所なのです。

 2015年のゴールデンウィークのころから約4年間、大涌谷の火山活動の影響で、大好きな箱根の町が元気のない時期がありました。そんなとき箱根町役場から〝はこね親善大使〟に、という要請があり、「箱根のみなさんに明るい話題を提供したい、箱根のためにお手伝いしたい」と、快くお受けいたしました。小田原市と提携して小田原市民会館でコンサートを開催したり、一日警察署長や、森林セラピーのゲスト、強羅の夏祭りのステージで歌うなど、箱根町からいただくスケジュールは可能な限り参加しています。

 老後はこのまま箱根で暮らしたい。箱根から月2、3回「コンサートに行ってきます」と旅立つなんて素敵でしょう。演歌とロックの音楽フェスタもやりたいですし、大涌谷で郷里の八代市産の茣蓙を敷いてみんなで星空を眺める会もやりたい……。こんなこと、あんなことができるのではないかと、たくさんのアイデアが浮かんできます。東京オリンピック・パラリンピックの2020年は、歌手デビュー50周年にあたり、その恩返しに、みんなで協力して箱根をもっともっと盛り上げていきたいです。

筆者が描いたあじさい電車

やしろ あき
1971年デビュー。「愛の終着駅」「もう一度逢いたい」 「舟唄」等数々のヒット曲を出し、80年「雨の慕情」で第22回日本レコード大賞・大賞受賞。98年より画家の登竜門と言われる世界最古の美術展、フランスの「ル・サロン」で5年間入選を果たし永久会員になる。15年11月〝はこね親善大使〟、16年には〝日本モンゴル文化大使〟も任命され、モンゴルとの文化交流にも貢献している。(掲載時)

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