2020年以降、新型コロナウイルス蔓延は、ただならぬ厄災を生み、日常が奪われ、私たちの生活や心境は大きく変わった。美術館も臨時休館や、企画展の延長がやむをえなくなり、「アートは、不要不急か?」という問いがコロナ禍において浮上してきた。今、改めて思うのは、「非常時こそ大事な生きる力になる」と本展を見て強く感じるのである。
オノ・ヨーコが、1964年に500部限定で出版した「グレープフルーツ」というアーティストブックの中にある、「地球のまわる音を聴く」という記述が、片岡真実館長の心に響いたという。世界を移動することが制限されている中で、想像し、新たな思索へ導かれたという。
会場に入ると目に飛び込んでくる黄色い絨毯のようにも見える《ヘーゼルナッツの花粉》。ドイツ人アーティスト、ヴォルフガング・ライプの作品には以下の詩が添えられている。
花粉を集める
2020年春――3月、4月、5月に
来る日も来る日も、
何週間も、
タンポポの草原に座り
この上なく集中して
激しく
時間も、我も、身も心も忘れて
信じがたく、思いも寄らない
世界の危機と混乱のただ中で
ひどい病にかかり、死にゆく数多くの人びと
新しい疫病?
600年前のような疫病がふたたび起こるなんて
とても想像できなかっただろう
いま、この私たちの生活のなかに、そばに
それでもなお、危機は大きければ大きいほど
人類に新しい未来をもたらし
どこかほかの場所へ向かい
ほかの何かを見つける手助けをしてくれた
想像しえたものの彼方に
私たちは見つける
新しいありようと生き方を
私たちが望むものと
私たちが人生に望むもの
大切なことと
そうでないこと
慎ましさ
謙虚さ
自分自身とほかの人たちに対する
世界に対する
自然に対する
宇宙に対する
まったく違う関係
自分自身と世界への異なる願い
新しい未来の新しいヴィジョン
ヴォルフガング・ライブ 2020年5月
日本語訳/小野正嗣
まさにパンデミック以降のウェルビーイングを示唆している。
国内外の16名のアーティストのインスタレーション、彫刻、映像、写真、絵画などそれぞれの手法による表現は、多種多様である。生命のエッセンスを、花粉やミルク、蜜蝋など身近な素材を用いてシンプルに表現した作家もいれば、森の中で描き続けた木の絵で、自然やそこに含まれる多くの生命の本質を描く作家、ドメスティック・バイオレンス(DV)をテーマにしたインスタレーション作品もある。
展覧会の最後を飾る、モンティエン・ブンマーのインスタレーション作品と一緒に、メッセージがあった。
「私の作品が、人々の繊細な感情や知覚を活気づけることを望んでいる。これらの感情が、かつてのように、人間の本性のもとに戻ってくることを、私は望んでいる」と。
これらのアーティストたちの作品がかつてない切実さで心に響き、ウェルビーイング(よく生きること)への考察を促す。現代アートの迫力を感じる展覧会である。
森美術館「地球がまわる音を聴く:パンデミック以降のウェルビーイング」
会期:2022年6月29日(水)~11月6日(日)
開館時間:10:00~22:00(火曜日のみ17:00まで)