「なぜ、今、信長?」と疑問が浮かんだのは、記者だけではないだろう。歴史上の、この上もない人物(レジェンド)を今さらどう描くのか、記念すべき70周年に。と訝った。しかし、総制作費20億円をかけた、これぞ、ザッツ・エンターテインメントであった。時代劇の東映が本気を出した、とでも言うべきか。
あえて日本史のレジェンドと定義しながら、これまでの傍若無人、唯我独尊の織田信長という英雄像をことごとく覆してみせる。誰も知らなかった「人間・信長」の弱さ脆さを露呈させたのである。脚本・古沢良太、監督・大友啓史のコンビはまた、政略で結ばれ信長の正室として歴史のベールに包まれていた存在だった濃姫(帰蝶=BUTTERFLY)を、〝暴れ戦国女子〟として描いた。敵対する尾張と美濃の婚姻からドラマが始まり、この最悪の政略結婚の初夜のシーンには思わず吹き出した。虚勢を張り横柄な信長に対抗する濃姫との激しい取っ組み合いの大喧嘩だ。怒涛の夫婦生活33年間の始まりは、実にコメディタッチに見えなくもないが、戦国の世を生き抜く二人の絆が徐々に深まっていく伏線でもあった。
天下統一を目指しながら戦乱の世を生き抜こうとする若き武将・信長の苦悩と葛藤、時に頭をもたげる弱気の虫を、濃姫は叱咤激励、鼓舞して見せる。〝美濃のマムシ(斎藤道三)の娘〟として面目躍如の〝内助の功〟どころか対等の立場で主君を煽るのだ。言わずもがな、信長の出世戦さ、桶狭間の戦いである。名にし負う強敵・今川義元の大軍と対峙すれば打つ手なしと弱気の信長を、奇策をもって奮い立たせ、桶狭間へ送り出す濃姫。世にいう「桶狭間の戦い」は夫唱婦随の勝利として描いてみせる。だが、濃姫はこの勝利をきっかけに〝魔王〟と化してゆく信長の狂気と別れることになるが……。(以下ネタバレを避けるため筋書的文章は省略)
信長を演じる木村拓哉、濃姫を演じる綾瀬はるか、このビッグなキャスティングこそ創立70周年にふさわしいが、濃姫の筆頭侍女・各務野に中谷美紀、濃姫を守る福富平太郎貞家を演じる伊藤英明、明智光秀に宮沢氷魚、森蘭丸には市川染五郎、目を凝らしていなければ気づかないメイクの徳川家康は何と斎藤工が扮し、木下藤吉郎にはそのままのキャラクターを感じさせる音尾琢真、濃姫の父・斎藤道三を演じる北大路欣也の登場にいたっては、さすが東映70周年記念作品のキャスティングと、誰もが納得するだろう。それにしても〝キムタク信長〟が格好ばかりの〝大うつけ〟ぶりを見せ、平然と三枚目を演じることになろうとは! 主演・木村拓哉の役者としての器もさることながら、ファンならずとも本作への熱い思いを感じさせて余りある。
そして、大友監督の微に入り細にこだわる生活感の描写とその〝実写力〟(リアリティ)には大きなスクリーンで見る充足感さえ感じさせる。戦国の世がそのままスクリーンに映し出されて、疑う余地もないのだ。比叡山延暦寺の焼き討ち場面は目を覆うほどの残忍さで鬼気迫るものがある。大友監督の、「画をつくるのではなく、状況をつくるのだ」という言葉に、失礼ながらかつての絢爛豪華な総天然色が売り物の東映時代劇にはない熱い思いが伝わってくる。常に生と死のはざまに生きる人々の歴史劇だからこそ切なくも激しい男と女の物語になっていることを感じながら、クライマックスの「本能寺の変」を涙とともに見みていた。新たなる〝信長ロマン〟の誕生に拍手を送る。
出演:木村拓哉、綾瀬はるか
宮沢氷魚、市川染五郎、音尾琢真、斎藤 工、北大路欣也、伊藤英明、中谷美紀
脚本:古沢良太 監督:大友啓史
レイティング:PG-12
「レジェンド&バタフライ」は、1月27日(金)全国公開
©2023「THE LEGEND & BUTTERFLY」製作委員会 配給:東映