23.04.10 update

黒木華、寛一郎、池松壮亮ほか豪華出演陣の映画『せかいのおきく』、実は江戸末期のSDGs(循環型社会)を描いた糞尿譚!

「観る前に、心してかかれよ、相当臭いぞ、臭うぞ」と、ご注意申し上げておきます。同時に本作のキャスト、黒木華さま、寛一郎さま、池松壮亮さま、佐藤浩市さま、石橋蓮司さまほかの皆さま、そして監督の阪本順治さま、よくぞこの〝臭い作品〟を長編映画までに仕上げてくれました。御礼申し上げます。

 記者の若かりし頃、少なくとも昭和30年ごろまで汲取り屋または汚穢屋(おわいや)と呼ばれ各戸の便所の汚物を樽で回収していく業者は確かにいた。間もなくバキュームカーがやってきて回収するようになり、東京でもあちらこちらに団地が建てられるころになって水洗便所が徐々に普及していったのだと記憶している。だから、本作の〝ぽっとん便所〟など平気で眺めていられるのだが、恐らくウォシュレット時代を生きてきた若き現代人は目を背ける方がいるかもしれない。

 江戸時代、農村部では大小便(し尿)は農作物を栽培する肥料として使われ、高価で取引されていた。江戸、京都、大坂など人口密集地の共同住宅(長屋)に住む庶民は、共同便所で用をたすのが日常で、その下肥を収集し商売するものがあらわれた。人が食べて飲んだ後始末の最後がし尿になり、肥料となった。まさにSDGs=循環型社会なのだが、その最下層の仕事、下肥買いをなりわいとする二人の若者、矢亮(池松壮亮)と中次(寛一郎)、ここに寺子屋で子どもたちに読み書きを教えているおきく(黒木華)の三人の青春物語である。貧しいながらも生き生きと暮らし、臭い汚いと罵られながらいつか世の中を変えたいと希望を捨てない矢亮と中次。そして下肥と格闘する江戸下町の長屋で暮らす庶民たちの糞尿譚(火野葦平著の同名小説より)は、チャンチャンバラバラの活劇もない時代劇となった。

 おきくは武家育ちでありながら、父、源兵衛(佐藤浩市)と貧乏長屋に住み、質素な生活を送っている。元勘定方の武士であった父は、昔の因縁で命を狙われていた。長屋の下肥買いを担う中次は、厠で源兵衛と鉢合わせするが、学問のない中次に、「〝せかい〟という言葉を知っているか?」と問う。そして、「惚れた女ができたら、〝せかい〟でいちばんお前が好きだと言ってやんな。これ以上の言い回しはねぇんだよ」と言い残し、源兵衛の命を狙う三人の侍と連れ立って姿を消す。父の覚悟を知ったおきくは後を追うが、斬られて死ぬ源兵衛とともにおきくは喉元を斬りつけられ声を失うことになる……。心を閉ざし床に臥すおきくだったが、彼女に思いを寄せる中次は、「読み書きを教えてくれ」と頼みこみ寺子屋の片隅で学び始める。貧しく過酷な世の中で糞尿と戦いながら、「糞くらえ!」と笑い飛ばす矢亮のたくましさに心打たれる。長屋も厠も人々の営みも美しい自然も、紛れもなくかつての日本の姿であり、不思議な郷愁と愛おしさを感じさせてくれる秀作である。

 本作は、プロデューサーの原田満生の企画から始まっている。「映画を通じて環境問題を伝える」ことを目的としたYOIHI PROJECTが立ち上げられ、阪本順治監督にその第一作を依頼したという。そもそも配信向けの短編企画だったが、モノクロ映像がスクリーンに映りだされた感動から紆余曲折を経て長編映画として完成したという。


脚本・監督:阪本順治
出演:黒木華 寛一郎 池松壮亮 眞木蔵人 佐藤浩市 石橋蓮司
2023 年 4 月 28 日(金)GW 全国公開
配給:東京テアトル/U-NEXT/リトルモア
©2023 FANTASIA

映画は死なず

新着記事

  • 2024.05.17
    町田市立国際版画美術館「幻想のフラヌール―版画家た...

    応募〆切:6月10日(月)

  • 2024.05.14
    阿木燿子作詞、宇崎竜童作曲の名曲を得て、自身初とな...

    ミュージシャンという肩書が似合うようになった

  • 2024.05.14
    全米の映画賞を席巻した話題作『ホールドオーバーズ ...

    応募〆切:6月5日(水)

  • 2024.05.14
    『あぶない刑事』の舘ひろし&柴田恭兵、70歳超コン...

    5月24日(金)公開

  • 2024.05.10
    背中トントン懐かしい ─萩原 朔美   

    第14回 キジュからの現場報告

  • 2024.05.10
    練馬区立美術館「三島喜美代─未来への記憶」展 観賞...

    応募〆切:5月31日(金)

  • 2024.05.10
    <特集>帰ってきた日本文化の粋 ─ 今、時代劇が熱...

    文=米谷紳之介

  • 2024.05.09
    吉田修一原作×大森立嗣監督が『湖の女たち』で再びタ...

    5月17日(金)全国公開

  • 2024.05.09
    東宝映画『ゴジラ』のヒロインに抜擢され、その後俳優...

    東宝から俳優座へ。

  • 2024.05.09
    松田聖子、田原俊彦らアイドル全盛期の昭和56年、西...

    アイドル全盛期のスター

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

information »

ロマンスカーミュージアムが3周年記念イベントを開催!

イベント ロマンスカーミュージアムが3周年記念イベ...

4月10日(水)~5月27日(日)

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!