23.04.27 update

告白的自伝映画『アルマゲドン・タイム―ある日々の肖像』にみる監督自身の人生の喪失と出発

 THE END OF AN ERA.THE BEGINNING OF EVERYTHING. (時代の終わり。すべての始まり。)―Armageddon Time

 1995年、長編映画監督としてのデビュー作『リトル・オデッサ』で第51回ヴェネツィア国際映画祭の銀獅子賞を受賞し、アカデミー主演女優賞を受賞しているマリオン・コティヤール主演の『エヴァの告白』(2013)、『アド・アストラ』(2019)など社会派からSFまで幅広いテーマで新作を撮りつづけているジェームズ・グレイ。

 本作は1969年生まれの彼自身が、幅広い作品を撮りながら、「もう一度自分の原点に立ち返ってみよう」と脚本・監督・製作に取り組んだ自伝的物語だ。絵を描くことが好きで芸術に興味を示しながら公立学校に通う鬱屈した少年期の、いわば人生の一瞬のような出来事が、彼にとって「Armageddon Time」となり、「時代の終わり。すべての始まり。」だったのだろうと観終わってから解釈した。Armageddon Timeなどという題名に惑わされてしまいながら、この私小説的な小品の奥の深さに言い知れぬ悲しみが襲ってきたのだった。アメリカという人種の坩堝のような国、遠くウクライナからやってきた移民家族、階級社会に翻弄され、友情を喪失する少年の物語である。

 1980年、12歳の主人公ポール(バンクス・レペタ)は、不自由なく過ごしていたが、学校生活にも飽き足らず家族にも苛立ちと居心地の悪さを覚える日々がつづいていた。ただ、彼にとっての救いは母親エスター(アン・ハサウェイ)の祖父のアーロン(アンソニー・ホプキンス)と黒人生徒のジョニー(ジェイリン・ウェッブ)という打ち解けられる存在がいたことだった。

 ニューヨークのクイーンズ地区。いわずもがな、ニューヨーク5区の中で最も移民の居住が多いといわれている。ポールはウクライナ系ユダヤ人の一家に生まれ育ち、同地にある公立学校に通っていた。父親のアーヴィング(ジェレミー・ストロング)はエンジニアとして日々懸命に働く決して悪い父親ではなかった。ただ父の短気で怒鳴られることから遠ざかり、祖父のアーロンを慕っていた。

  少年期には起こるべくして起こるある事件がきっかけで、ポールと仲良しになったジョニーとの友情に亀裂が入り、崩れ去ることになる。いたずらっ子にありがちな好奇心から、学校のトイレでタバコを吸ったことで、両親や学校は二人の関係を割くことで解決しようとする。移民たちが〝アメリカン・ドリーム〟に憧れたように二人は悪巧みでクイーンズからの脱出を企てるがあえなく失敗。ジョニーに手錠がかけられ、解放されるポールは警察の取調室で別れることになる。白人と黒人の扱いにポールは戸惑いながら、ジョニーを置いて別れなければならないポールの眼が忘れられない。悪巧みを図った自責の念と懺悔、何よりジョニーを助けてあげられない哀しみに溢れている。

 人種という壁は、二人の人生の明暗をもはっきり分けてしまうであろう人生の冷酷さを思いながら、ジェームズ・グレイは40余年を越えて黒人少年に向けて声を上げて詫びたかったのではないだろうか。

配給:パルコ ユニバーサル映画

『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』
5月12日(金)より TOHOシネマズシャンテほか全国ロードショー
© 2022 Focus Features, LLC.

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