23.07.24 update

第3回【私を映画に連れてって!】全編ユーミンの楽曲で綴られる原田知世&三上博史主演による映画『私をスキーに連れてって』はこうして誕生した

「4月からやる」と決めた。1日に編成局長を伴い、角川春樹氏に会いに行った。仁義を通すような感じだが、3月にはインせず、4月からの仕事で原田知世さんに出演してもらうことを伝えた。
 4月2日。雪が少ない中で、メインは奥志賀の焼額山に陣取り、原田知世さんらキャストも参加して無事? クランクインした。
 この時点で、この映画の出来に期待する人は殆どいなかっただろう。
 しかも、ドタバタの中で、ユーミンの事務所も不安だらけだ。
 実際、製作発表的なことを渋谷のシードホールを借りて行なったが、プレス(概要)に「松任谷由実」とは書けなかった。ユーミンがウリの映画に、ユーミンが無い! ただ事務所のマネージャーの気持ちになれば御尤もである。完成が危ぶまれていたのを察知したか……。本当はこんなことは、あってはいけないが、ユーミンの許諾が出たのは、撮影もすべて終わりオールラッシュ(ダビング前の音無し試写)の日。SE(効果音)などは無く、音と言えば殆どユーミンの歌だけだった。事務所のマネージャーの率直? な言葉が忘れられない。 「何かうちのユーミンの歌だけが目立ってますね……」まだ、ダビング前なので当たり前なのだが、最終形も、「最初からその予定です!」とは言えず、「これからダビングで、いろんな音が付いて……」などと、しどろもどろに話す中、待望の「OK」をいただいた。OKでなければ、この映画はどうなっていただろうと考えると今でもゾッとする。
 一難去って、また一難、十難位を乗り越えてやっと完成に漕ぎつけた。撮影面、キャストとのトラブルなど数えきれないピンチはあったが慣れてしまったのか。馬場監督も初監督、僕も初プロデュースのようなものである。怖いもの知らずか。今だったら、最初から「これは無理!」と白旗を上げていたかもしれない。
 元々、映画界の閑散期の11月公開。当たっても正月映画公開までの最長4週間興行。しかも東宝邦画系の2本立てで、メインは『永遠の1/2』(根岸吉太郎監督)。最初はこの映画に自分も参加していた。過去に参加した東宝系夏公開でヒットを宿命づけられている映画を考えると、そのプレッシャーはなかった。好評で、単体の映画として正月を越えて行った。ポスターをユーミンの『SURF&SNOW』のアルバムジャケットのようにイラストに拘ったため、東宝の上層部から反対されたり、公開直前まで、〝若いチーム〟が暴走しながらも、何とか11月21日を迎えた。

 ここからのこの映画のことは、多くの方がご存じの通りである。
 昨年、名古屋のミッドランドスクエアシネマで『私をスキーに連れてって』の35ミリ上映の興行(2週間程度)を行なうため、一人だけの舞台挨拶に招かれた。あの公開から35年だ。満員の観客とのトークで「映画館で観るのは25回目!」など、自分よりも遥かにこの映画を愛し続けてくれている人々に出会った。映画がヒットするのも嬉しいが、究極の喜びはこれかな……と。
「面白いスキー映画を創りたい!」。
 映画のスタートは、だいたい「Passion=情熱」と「Will=志」だ。
 そして『彼女が水着にきがえたら』(1989)、『波の数だけ抱きしめて』(1991)と、「SURF&SNOW」の如く、また荒波に揉まれに行くのである。

▲2022年6月12日に、名古屋のミッドランドスクエアシネマ2で開催された『私をスキーに連れてって』の上映イベント。〝河井真也プロデユーサー特集〟と謳われており、筆者のトークショー付イベントで多くの観客が足を運んだ。

かわい しんや
1981年慶應義塾大学法学部卒業後、フジテレビジョンに入社。『南極物語』で製作デスク。『チ・ン・ピ・ラ』などで製作補。1987年、『私をスキーに連れてって』でプロデューサーデビューし、ホイチョイムービー3部作をプロデュースする。1987年12月に邦画と洋画を交互に公開する劇場「シネスイッチ銀座」を設立する。『木村家の人びと』(1988)をスタートに7本の邦画の製作と『ニュー・シネマ・パラダイス』(1989)などの単館ヒット作を送り出す。また、自らの入院体験談を映画化した『病院へ行こう』(1990)『病は気から〜病院へ行こう2』(1992)を製作。岩井俊二監督の長編デビュー映画『Love Letter』(1995)から『スワロウテイル』(1996)などをプロデュースする。『リング』『らせん』(1998)などのメジャー作品から、カンヌ国際映画祭コンペティション監督賞を受賞したエドワード・ヤン監督の『ヤンヤン 夏の想い出』(2000)、短編プロジェクトの『Jam Films』(2002)シリーズをはじめ、数多くの映画を手がける。他に、ベルリン映画祭カリガリ賞・国際批評家連盟賞を受賞した『愛のむきだし』(2009)、ドキュメンタリー映画『SOUL RED 松田優作』(2009)、などがある。2002年より「函館港イルミナシオン映画祭シナリオ大賞」の審査員。2012年「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」長編部門審査委員長、2018年より「AIYFF アジア国際青少年映画祭」(韓国・中国・日本)の審査員、芸術監督などを務めている。

1 2 3 4 5

映画は死なず

新着記事

  • 2024.12.19
    NHK紅白歌合戦の変遷をたどってみたら、東京宝塚劇...

    石橋正次「夜明けの停車場」

  • 2024.12.18
    坂本龍一が生前、東京都現代美術館のために遺した展覧...

    音と時間をテーマにした展覧会

  • 2024.12.18
    新しい年の幕開けに「おめでたい」をモチーフにした作...

    年明けに縁起物の美を堪能する

  • 2024.12.17
    第26回【キジュからの現場報告】喜寿を過ぎて─萩原...

    これからは地方の都市に住むかもしれない……

  • 2024.12.12
    ベルリン国際映画祭金熊賞受賞!桃農家を営むスペイン...

    スペインの桃農家のできごと

  • 2024.12.12
    三菱一号館美術館 再開館記念「不在」─トゥールズ=...

    応募〆切:12月20日(金)

  • 2024.12.12
    作曲家・筒美京平がオリコン週間1位を初めて獲得した...

    いしだあゆみ「ブルー・ライト・ヨコハマ」

  • 2024.12.09
    リチャード・ギアも出演した黒澤明監督の『八月の狂詩...

    数々の「老女」役で存在感をみせた村瀬幸子

  • 2024.12.09
    泉屋博古館東京「企画展 花器のある風景」観賞券

    応募〆切:1月20日(月)

  • 2024.12.07
    中山美穂さんの大ヒット映画『love Letter...

    河井真也さんの追悼の言葉

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!