金色と銅色の枯葉の絨毯に彩られる色彩、フェルメールの絵画の中に閉じ込められたかのような凜とした静寂、すべてのカットに美が宿る映像美、すでに古典の趣さえ漂う成熟した珠玉作がこの秋、スロヴェニアから届きました。スロヴェニアとイタリアの合作映画『栗の森のものがたり』は、孤独なふたりの哀切にしてメランコリックな詩を奏でるように綴られた大人の寓話として、深まりゆく秋にふさわしい余韻を約束してくれます。
時は、1950年代。イタリアとユーゴスラビアとの国境に位置するこの広大な森は2つの国を隔てるだけでなく、西ヨーロッパと東ヨーロッパの2つの勢力圏に境界線を引いた「鉄のカーテン」の要所にあたる。かつては安息の地と呼ばれ、息を呑むような美しさを誇ったこの「栗の森」も、貧困と政治的緊張により、多くの村人が去ることを余儀なくされていた。ケチで不器用な年老いた大工(棺桶職人)のマリオと、この地を離れることだけを夢見る若い栗売りマルタ。マリオは家を出た息子ジェルマーノと死にゆく妻ドーラのことを、マルタは第二次世界大戦から戻らない夫のことに思いを馳せている…。
それぞれ悲しみに包まれていた見知らぬ二人は、栗の森によって結び付けられる。夢、幻影、幻覚が現実の記憶と混在し、それぞれの物語が次から次にマトリョーシカの人形のように別の物語に繋がり、「魂が忘れられた場所」に光を灯してゆく。
ロシアの文豪アントン・チェーホフの短編小説にインスピレーションを受け、人生の機微を甘くほろ苦く描いた本作。監督・脚本・編集を手掛けたのは、本作が長編デビューとなるスロヴェニア出身の新鋭、グレゴル・ボジッチ。2019年のトロント国際映画祭でプレミア上映されるや大喝采を浴び、スロヴェニア国際映画祭では最優秀作品賞、監督賞、男優賞、撮影賞、観客賞など11部門を独占。2020年なら国際映画祭では、コンペ作品の中で「最も美しい」と評され審査員特別賞に輝いた。フェルメールやレンブラントといったオランダの印象派の画家に影響を受けたというボジッチは、35mmとスーパー16mmフィルムを駆使し絵画のような風景を切り取る。使い古しの洗面器にピッチャーや果物、箒や靴、洗濯 カゴや紙くずまで何もかもが優しい光に照らされ、ゆっくりと時が流れる森の日常を、陰影深く描き出した独特の映像美。何気ない日常生活のワンシーンさえも最初から最後まで美しい。
栗の森のものがたり
10月7日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
© NOSOROGI – TRANSMEDIA PRODUCTION – RTV SLOVENIJA – DFFB 2019
配給:クレプスキュール フィルム
公式ホームページ : http://chestnut.crepuscule-films.com/