ジャンフランコ・ロージ監督最新作
二年前だっただろうか。岩波ホールで『シリアにて』という映画を観た。窓辺から外を見つめる女性の顔がとても印象的なチラシに興味を持ち、足を運んだのだった。いまだ内戦の続くシリアのアパートの一室。戦争におびえる一家、爆撃音や銃声で逃げ場のない緊迫感が伝わり、同じ時代を生きる人々がこのような状況に置かれていることにショックを受けた。一刻も早くシリアに平和な日が来ることを願うと同時に、何はともあれ、平和な日本で生きていられることにありがたさを感じたのだった。
『国境の夜想曲』は、シリア、イラク、レバノン、クルディスタンの国境地帯で約3年にわたってジャンフランコ・ロージ監督によって撮影された。この地域は、2001年の9.11米国同時多発テロ、2010年のアラブの春に端を発し、2021年8月のアメリカのアフガニスタンからの撤退とそれに伴う一連の悲劇で、侵略、圧政、テロリズムによって、数多くの人々が犠牲となった。インタビューやナレーション、テロップなど通常のドキュメンタリー映画で使用される手法は一切なく、その場所で暮らす人々や、風景の中でカメラを構え、静かに彼らを映し出している。
戦争で息子を失い哀悼歌を歌う母親たち、ISIS(イスラム国)の侵略よって、心に痛みを抱えた子供たちの声、政治風刺劇を上演する精神病院の患者たち、シリアに連れ去られた娘からの音声メッセージを何度も聞く母親、家族の生活のために夜明け前から狩猟をガイドする少年、テレビやインターネットからでは決して報道されることのないその地を生きる人々の日々の営みがスクリーンに広がる。それぞれが断片的な場面を切り取っているが、一つの物語のように繋がっているように見える。まがりなりにも平和な日常を生きる私たちにとっては、想像もできない世界だ。
ジャンフランコ・ロージ監督は、『国境の夜想曲』は光の映画であり、暗闇の映画でないという。人々の驚くべき生きる力を物語っているという。戦争という闇に陥った人の頌歌(しょうか)であると。
しかし、この危険な地域にロージ監督は通訳も使わず、一人で旅をし、人々をカメラに収め、それをドキュメンタリー映画として世界に発信した。ロージ監督こそ、褒め讃えるべき偉業を成し遂げたのではないだろうか。第77回ヴェネチア国際映画祭で3冠を受賞し、ユニセフ賞、ヤング・シネマ賞、ソッリーゾ・ディベルソ賞、最優秀イタリア賞も受賞した作品である。
監督・撮影・音響:ジャンフランコ・ロージ 配給:ビターズ・エンド
イタリア・フランス・ドイツ/2020 年/104 分/アメリカンビスタ(1:1.85)/アラビア語・クルド語/原題:NOTTURNO