1988年に劇団「大人計画」を旗揚げ、主宰として作・演出・出演を務めるほか、小説家・エッセイスト・脚本家・映画監督・俳優など多彩に活躍中である。舞台をあまりご覧にならない方たちには、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」で、ヒロイン・アキの母親である天野春子が若き日に(有村架純が演じている)、アルバイトしていた喫茶店のアイドル通のマスター役と言えば、その顔を思い出していただけるだろうか。とにかく多才の人で、1997年に『ファンキー! ~宇宙は見える所までしかない~』で岸田國士戯曲賞を、2008年の映画『東京タワー オカンとボクと、時々、オトン』で日本アカデミー賞最優秀脚本賞を、19年の『命、ギガ長ス』で読売文学賞戯曲・シナリオ賞を受賞している。小説『クワイエットルームにようこそ』『老人賭博』『もう「はい」としか言えない』は芥川賞候補となった。20年よりBunkamuraシアターコクーン芸術監督に、23年より京都芸術大学舞台芸術研究センター教授に就任、という次第である。
『ふくすけ』は、松尾スズキが29歳のときに書いた戯曲で、薬剤被害により障がいを持った少年・フクスケをめぐり、さまざまな境遇の登場人物たちが、底深き悪意と情愛に突き動かされながら、必死にもがき生きる姿を毒々しくも力強く描いた、激しい人間ドラマである。ゆるいヒューマニズムを揶揄し〝悪〟もまた人の姿であることを圧倒的な筆力で描き出した傑作戯曲として知られる。松尾自身の演出により91年に悪人会議プロデュースとして初演、98年には松尾が悲劇をテーマに作品を創り上げる「日本総合悲劇協会」公演で再演、2012年にBunkamuraシアターコクーンで再々演されている。
12年ぶり4度目の上演となる今公演では、台本をリニューアルし、フクスケが入院する病院の警備員コオロギと、盲目のその妻サカエ夫婦を主軸にすえている。それによって、「複雑すぎるストーリーに強めの芯が入った気がした」と松尾は語っている。そして、今を生きる観客を狂騒の世界に引き込む、哀しくも美しい怒涛の〝ダーク・エンタテインメント〟とも言うべき今作に、「今考えられる最高のキャストがそろった」と松尾が自信を見せる俳優たちを紹介しよう。
主人公の怪しい警備員コオロギを演じるのは、これまでに『ふくすけ』に2度出演し、フクスケを演じた阿部サダヲ。今回は、阿部が『ふくすけ』を観たときに、松尾が演じていた役で、「やってみたい!」と思った念願の役である。今作のサブタイトルに〝歌舞伎町黙示録〟とあるように、舞台はカオスの街・歌舞伎町である。「今回、歌舞伎町の芝居を歌舞伎町でやることにも意味があると思う」と阿部は言う。その盲目の妻サカエを演じるのは、「松尾さんの作品に出られることがなにより嬉しい」という黒木華。阿部とは初共演で、「稽古場や本番での姿を、余す所なく見尽くしたい」と、俳優として、演劇ファンとしての新たな出会いを楽しんでいるようだ。
また、過去の公演で温水洋一、阿部サダヲが演じた物語の鍵となる身体障がいを持ち長い間監禁されていた少年フクスケを演じるのは岸井ゆきの。岸井にとっての「松尾作品は、観る人を信じ、伝えることを諦めない世界」に、「勇気を持って飛び込んでいきたい」と意欲を見せた。