これまで多くの歌舞伎の名優たちがシェイクスピア劇に出演し、それぞれに印象深い舞台を見せてくれている。初代松本白鸚は、幸四郎時代の1960年に『オセロー』に主演した。デズデモーナは新珠三千代、イアーゴーは森雅之という魅力的な俳優で、未就学児だった僕には当然観ることはかなわず、後にこの公演のことを知り、悔しい思いをしたことが思い出される。68年の『オセロー』には、先代尾上松緑と息子辰之助がオセローとイアーゴーで出演した。デズデモーナは、これが唯一の舞台出演である岩下志麻だった。同じコンビによる77年、78年の『オセロー』ではデズデモーナを坂東玉三郎が演じ、芝居ファンを喜ばせた。玉三郎は76年には『マクベス』でマクベス夫人を演じ、大絶賛を浴びたことも記憶によみがえる。マクベスを演じたのは平幹二朗である。また、2代目松本白鸚もシェイクスピア劇と縁が深い。市川染五郎時代の74年には『ロミオとジュリエット』(ジュリエットは中野良子)、75年には『リア王』に主演。幸四郎時代の94年には『オセロー』(デズデモーナは黒木瞳)に主演している。演出はいずれも蜷川幸雄だった。片岡仁左衛門も孝夫時代に『ハムレット』を複数回演じており、84年版では上月晃、太地喜和子が、90年版では草笛光子、黒木瞳が、ガートルードとオフィーリアを演じていた。孝夫のハムレットは爽やかで端正だった。18代目中村勘三郎も88年の勘九郎時代に北大路欣也の『オセロー』にイアーゴー役で出演していた。挙げればきりがないが、古典を演じる歌舞伎俳優たちは、同じく古典劇であるシェイクスピア劇に、演者としての何かしら通じるものを感じ、役者心を刺激される何かがあるのだろう、と勝手に推察している。
2018年9月の新橋演舞場、中村芝翫が『オセロー』で、初のシェイクスピア劇に主演し、喝采を浴びた。デズデモーナの檀れいとのカップルで魅せた、哀れさも含めて美しい悲劇だった。そしてこの秋、芝翫が再びシェイクスピア劇に挑んでいる。前作の悲劇から一転、今回は、これまでにも幾度となく上演されてきた傑作喜劇『夏の夜の夢』で、妖精の王オーベロンと公爵テーセウスの2役で登場。原作の役名や台詞はそのままに、世界観を日本に移した新演出で、演出を務めるのは、長年蜷川幸雄の助手を務めた井上尊晶で、日本を代表するシェイクスピア研究家である翻訳を手がける河合祥一郎、音楽の松任谷正隆、いずれも前作『オセロー』に続いての布陣である。
共演者は、舞台、映像と幅広い役柄で活躍中の南果歩、宇梶剛士といったベテラン勢に加え、ジャニーズ事務所以外の舞台出演は今回が初めてとなるSixTONESの髙地優吾、乃木坂46卒業後、意欲的に女優としての活躍の場を広げている生駒里奈、2.5次元ミュージカルなどで支持を得る元木聖也、子役から活動を始め、最近では舞台に情熱を注ぐ堺小春ら、期待の若手俳優たちが顔を揃えている。
演出の井上は、日本人のアイデンティティを基本に、日本人がわかる日本人にしかできない舞台にしたい、と今回の舞台を日本に置き換えての上演にしたと明かし、音楽の松任谷は、音楽で物語にリアリティを持たせられればと曲作りの構想を練っている。『夏の夜の夢』は、ヨーロッパで黒死病が大流行し、劇場も閉鎖に追い込まれた時期に書かれた。シェイクスピアが鬱屈としたロンドン市民を楽しませようと作った作品だと言われている。製作会見に臨んだスタッフ、キャストたちの発言からは、当時の状況と通じるコロナ禍の今だからこそ、この〝夢の世界〟へ観客たちをいざないたいという思いが伝わってきた。
どこか歌舞伎と通じるものが『夏の夜の夢』にはあると感じたと言う芝翫。喜劇の難しさを感じながらも「自分でも見たことがない自分を引き出していきたい」と観客に期待を持たせる。芝翫にとって初出場となる日生劇場で、愛を求める若者たちの、てんやわんやの大混乱模様が、どんな華やかな夢の物語へと創り上げられるのか、楽しみに待つとしよう。
作:W.シェイクスピア 訳:河合祥一郎
演出:井上尊晶
音楽:松任谷正隆
出演:中村芝翫/ 南果歩/髙地優吾(SixTONES) 生駒里奈 元木聖也 堺小春/中村松江 加藤岳・野林万稔(Wキャスト)/林佑樹 プリティ太田 鳥山昌克 大堀こういち 原康義/宇梶剛士
〔公演日程〕9月6日(火)~9月28日(水)
〔会場〕日生劇場
〔問〕チケットホン松竹0570-000-489 チケットWeb松竹
*9月6日 (火)夜の部公演中止