22.08.22 update

中村芝翫が挑むシェイクスピア劇第2弾は傑作ロマンチック・コメディ『 夏の夜の夢 』

 これまで多くの歌舞伎の名優たちがシェイクスピア劇に出演し、それぞれに印象深い舞台を見せてくれている。初代松本白鸚は、幸四郎時代の1960年に『オセロー』に主演した。デズデモーナは新珠三千代、イアーゴーは森雅之という魅力的な俳優で、未就学児だった僕には当然観ることはかなわず、後にこの公演のことを知り、悔しい思いをしたことが思い出される。68年の『オセロー』には、先代尾上松緑と息子辰之助がオセローとイアーゴーで出演した。デズデモーナは、これが唯一の舞台出演である岩下志麻だった。同じコンビによる77年、78年の『オセロー』ではデズデモーナを坂東玉三郎が演じ、芝居ファンを喜ばせた。玉三郎は76年には『マクベス』でマクベス夫人を演じ、大絶賛を浴びたことも記憶によみがえる。マクベスを演じたのは平幹二朗である。また、2代目松本白鸚もシェイクスピア劇と縁が深い。市川染五郎時代の74年には『ロミオとジュリエット』(ジュリエットは中野良子)、75年には『リア王』に主演。幸四郎時代の94年には『オセロー』(デズデモーナは黒木瞳)に主演している。演出はいずれも蜷川幸雄だった。片岡仁左衛門も孝夫時代に『ハムレット』を複数回演じており、84年版では上月晃、太地喜和子が、90年版では草笛光子、黒木瞳が、ガートルードとオフィーリアを演じていた。孝夫のハムレットは爽やかで端正だった。18代目中村勘三郎も88年の勘九郎時代に北大路欣也の『オセロー』にイアーゴー役で出演していた。挙げればきりがないが、古典を演じる歌舞伎俳優たちは、同じく古典劇であるシェイクスピア劇に、演者としての何かしら通じるものを感じ、役者心を刺激される何かがあるのだろう、と勝手に推察している。

 2018年9月の新橋演舞場、中村芝翫が『オセロー』で、初のシェイクスピア劇に主演し、喝采を浴びた。デズデモーナの檀れいとのカップルで魅せた、哀れさも含めて美しい悲劇だった。そしてこの秋、芝翫が再びシェイクスピア劇に挑んでいる。前作の悲劇から一転、今回は、これまでにも幾度となく上演されてきた傑作喜劇『夏の夜の夢』で、妖精の王オーベロンと公爵テーセウスの2役で登場。原作の役名や台詞はそのままに、世界観を日本に移した新演出で、演出を務めるのは、長年蜷川幸雄の助手を務めた井上尊晶で、日本を代表するシェイクスピア研究家である翻訳を手がける河合祥一郎、音楽の松任谷正隆、いずれも前作『オセロー』に続いての布陣である。

 共演者は、舞台、映像と幅広い役柄で活躍中の南果歩、宇梶剛士といったベテラン勢に加え、ジャニーズ事務所以外の舞台出演は今回が初めてとなるSixTONESの髙地優吾、乃木坂46卒業後、意欲的に女優としての活躍の場を広げている生駒里奈、2.5次元ミュージカルなどで支持を得る元木聖也、子役から活動を始め、最近では舞台に情熱を注ぐ堺小春ら、期待の若手俳優たちが顔を揃えている。

 演出の井上は、日本人のアイデンティティを基本に、日本人がわかる日本人にしかできない舞台にしたい、と今回の舞台を日本に置き換えての上演にしたと明かし、音楽の松任谷は、音楽で物語にリアリティを持たせられればと曲作りの構想を練っている。『夏の夜の夢』は、ヨーロッパで黒死病が大流行し、劇場も閉鎖に追い込まれた時期に書かれた。シェイクスピアが鬱屈としたロンドン市民を楽しませようと作った作品だと言われている。製作会見に臨んだスタッフ、キャストたちの発言からは、当時の状況と通じるコロナ禍の今だからこそ、この〝夢の世界〟へ観客たちをいざないたいという思いが伝わってきた。

🄫松竹

 どこか歌舞伎と通じるものが『夏の夜の夢』にはあると感じたと言う芝翫。喜劇の難しさを感じながらも「自分でも見たことがない自分を引き出していきたい」と観客に期待を持たせる。芝翫にとって初出場となる日生劇場で、愛を求める若者たちの、てんやわんやの大混乱模様が、どんな華やかな夢の物語へと創り上げられるのか、楽しみに待つとしよう。

🄫松竹

作:W.シェイクスピア 訳:河合祥一郎
演出:井上尊晶
音楽:松任谷正隆

出演:中村芝翫/ 南果歩/髙地優吾(SixTONES) 生駒里奈 元木聖也 堺小春/中村松江 加藤岳・野林万稔(Wキャスト)/林佑樹 プリティ太田 鳥山昌克 大堀こういち 原康義/宇梶剛士

〔公演日程〕9月6日(火)~9月28日(水)
〔会場〕日生劇場
〔問〕チケットホン松竹0570-000-489 チケットWeb松竹

*9月6日 (火)夜の部公演中止

映画は死なず

新着記事

  • 2024.10.10
    森美術館「ルイーズ・ブルジョワ展:地獄から帰って来...

    応募〆切:10月31日(木)

  • 2024.10.10
    戦後日本映画界に颯爽と現れるや時代のヒーローとして...

    石原裕次郎「赤いハンカチ」

  • 2024.10.09
    都会の喧騒に佇むゲストハウスに集う人々の心温まるヒ...

    応募〆切:11月5日(火)

  • 2024.10.09
    10月14日の「鉄道の日」をはさんで、海老名のロマ...

    10月9日(水)~11月18日(月)

  • 2024.10.09
    女優・高峰秀子生誕100年、ウェディングドレス姿が...

    10月5日(土)~1月13日(月・祝)

  • 2024.10.08
    釈放当日─世紀の瞬間の舞台裏を撮った、1台のカメラ...

    応募〆切:10月20日(日)

  • 2024.10.08
    東京ステーションギャラリー「テレンス・コンラン モ...

    応募〆切: 10月31日(木)

  • 2024.10.08
    秋バラが間もなく見ごろを迎える「谷津バラ園」 谷...

    京成電車下町さんぽ「谷津」

  • 2024.10.07
    「世界の持続可能な観光地TOP 100選」第1位の...

    箱根彩彩

  • 2024.10.03
    令和の今もコーラスで親しまれるH2Oが昭和58年リ...

    H2O「想い出がいっぱい」

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!