22.10.17 update

江戸情緒たっぷりの芝居小屋に勘九郎、七之助、獅童、扇雀、坂東彌十郎の揃い踏み「猿若町発祥180年記念 平成中村座公演」

 幕府から認められた〝江戸三座〟の一つ、中村座が浅草猿若町で開幕したのは、天保13年(1842)10月5日。今から180年前のことである。そして、「江戸時代の芝居小屋を現代に復活させ、多くの方々に歌舞伎を楽しんでいただきたい」という夢を抱いていた十八世中村勘三郎が、2000年に隅田公演に平成中村座を誕生させた。そして浅草から日本各地へ、さらにはニューヨークやスペインのマドリード公演も実現させ、国内外で歌舞伎の魅力を伝えてきた。そして、中村座が開幕したまさに10月5日、浅草では4年ぶりとなる平成中村座が開幕し、10月、11月の2か月間にわたり、浅草で江戸の芝居小屋情緒を楽しむことができる。

 平成中村座十月大歌舞伎は、一部の幕開きが、『双蝶々曲輪日記(ふたつちょうちょうくるわにっき)』より「角力場(すもうば)」。役者と並び、江戸時代の大衆のアイドルだった相撲取りの世界を描いた傑作と言われている。貫禄たっぷりの人気関取濡髪長五郎と素人角力からの駆け出し放駒長吉という、性格も身分も対照的な2人の力士の義理と意地とのぶつかり合いが見もので、中村虎之介の放駒が、青年の負けん気の若さで勘九郎の濡髪に挑む。

『双蝶々曲輪日記 角力場』左より虎之介、勘九郎 ©松竹

 続いては、浅草花川戸に生きる、江戸随一の俠客と言われた幡随院長兵衛を描いた河竹黙阿弥の世話物の名作『極付幡随長兵衛(きわめつきばんずいちょうべえ)』。町奴の親分長兵衛と、無頼の旗本奴白柄組の頭目である水野十郎左衛門との確執を描いた、実録的世話物の趣である。長兵衛が湯殿で命果てることから『湯殿の長兵衛』とも呼ばれる演目。長兵衛の痛快な行動力、男の意気地を貫き死地へ赴く姿を、中村獅童が、時に愛嬌ものぞかせながら、大衆に愛される男伊達をチャーミングに演じる。水野を演じるのは勘九郎。また、序幕の芝居小屋で、歌舞伎としては珍しい劇中劇として上演される『公平法問諍(きんぴらほうもんあらそい)』の場面は、江戸の芝居小屋の様子が描かれる貴重な場面。

『極付 幡随長兵衛』左より亀蔵、獅童、勘九郎 ©松竹

 第二部は、35年ぶりの上演となる有吉佐和子作の舞踊劇『綾の鼓』で幕を開ける。恋い慕う華姫に翻弄される若者・三郎次役の虎之介と、時に師として、時に母親のような愛情で、三郎次を見守る秋篠役の扇雀が、しっとりとした情感で、ドラマチックに演じてみせる。そして、続くは、平成中村座初の新作歌舞伎となる宮藤官九郎作・演出の『唐茄子屋~不思議国之若旦那(とうなすや ふしぎのくにのわかだんな)』。

『綾の鼓』左より虎之介、扇雀 ©松竹

『唐茄子屋』は、5代目古今亭志ん生や、3代目古今亭志ん朝らも得意とした人情噺である浅草を舞台にした落語の『唐茄子屋政談』をモチーフに、宮藤が書き下ろした新作歌舞伎。宮藤と歌舞伎といえば、コクーン歌舞伎『天日坊』が思い浮かぶが、今回は演出も手掛けている。浅草・吾妻橋界隈を行き交う人々のにぎやかな場面で幕が上がり、気分は一気に江戸の浅草に引き込まれる。物語は、吉原通いが過ぎて勘当される若旦那が、吾妻橋から身投げしようとするところから始まる。落語の情緒を活かした小粋な人情噺かと思いきや、宮藤の脚本は、タイトルに「不思議国~」とあるように、いつしか、「不思議の国のアリス」の世界へと観客をいざなう。

『唐茄子屋~不思議国之若旦那』左より七之助、勘九郎 ©松竹

 若旦那を演じる勘九郎や、大工の熊を演じる獅童の、現代語が飛び交うテンポのいいセリフや、時にアドリブを思わせる観客も巻き込んでの場面の盛り上げに客席も大いに沸く。宮藤のセリフには現代語が混ざるが、それが現代語に聞こえない面白さ、巧みさが宮藤の作品にはある、と七之助が言っていたが、現代語やカタカナ言葉が江戸の庶民の言葉のように響いたのは不思議だ。その七之助は、艶やかな花魁と、裏長屋に住む、どこか品のある生活に困窮する子持ちの女の2役で登場。また、因業な大家役で、NHK大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」の北条時政役のキュートな演技で、すっかり全国区の顔となった坂東彌十郎が登場すると、またまた客席が沸く。勘九郎の2人の息子、勘太郎と長三郎も出演しており、すでに見せ場を心得ているような健気で達者な芝居が可愛らしく、観客たちも目を細めていた。さらに、歌舞伎界以外から、荒川良々が出演しており、そのコメディセンスで、作品に味わいを加えている。観客が芝居を存分に楽しんでいる以上に、役者たちが演じることの幸せを感じていることが伝わってくる芝居であった。

『唐茄子屋~不思議国之若旦那』左より勘九郎、彌十郎、新悟、獅童 ©松竹

 まさに平成中村座の小屋で上演するにふさわしい演目だと言えるだろう。長屋などの間口、江戸の庶民の生活を描いた世話物などで、どこか敷居の高い歌舞伎座のような大劇場では表現できない、芝居小屋ならではのリアリティがある。平成中村座という演劇空間で、できない演目はない、と勘九郎は言う。花道、すっぽん、セリ、廻り舞台、宙乗りとなんでもできる。出店が並び、履物を脱いで小屋に入るのも芝居小屋ならではの風情。10月5日の初日には、客席には芸者衆の姿も見え、江戸情緒に華を添えていた。十一月大歌舞伎では、『唐茄子屋』以外は演目も変わる。また、役者も一部入れ替えがある。平成中村座では舞台の役者たちと、客との距離感が近い。歌舞伎の知識がないという人たちも、この小屋をきっかけに歌舞伎に親しむようになるかもしれないことを強く感じた。大向こうなども、近いうちにきっと復活してくれるだろう。

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