—老体からは逃げられない。でも笑い飛ばすことは出来る—
萩原 朔美さんは1946年生まれ、11月14日で紛れもなく77歳を迎えた。喜寿、なのである。本誌「スマホ散歩」でお馴染みだが、歴としたアーチストであり、映像作家であり、演出家であり、学校の先生もやり、前橋文学館の館長であり、時として俳優にもなるエッセイストなのである。多能にして多才のサクミさんの喜寿からの日常をご報告いただく、連載エッセイ。同輩たちよ、ぼーッとしちゃいられません!
連載 第10回 キジュからの現場報告
天気の悪い日こそ、散歩日和だ。
台風とか、雪とか、およそ外出が嫌になる日がベストだ。
早朝の散歩コースに、何ヶ所か撮影ポイントがあって、長年定点観測している。だから、雨が降ったり、雪だったりすると、画面に変化が現れて面白い。強風が吹き荒れた日、何年間も撮影しているベンチに根っ子の付いた樹が寝ていた事があった。嬉しくなって撮影した。
今年は3月なのに雪が降った。さすがに寒いので、ランニングや散歩する人はいない。足跡は鳥だけだった。途中から雨に変わったので、地面がぬかるんでくる。その変化も撮影したいので、同じ箇所を何度か周り続ける。身体はガタガタ、息は絶え絶え。手はかじかんで動かない。だけど、心だけはかじかまない。
井上靖の作品の書き出しに、少年が書いた2行の詩が紹介されている。
雪
ー雪が降って来た。
ー鉛筆の字が濃くなった。
雪が降るたびに、井上靖はこの詩を思い出すのだそうだ。
私の雪の日の散歩も、鉛筆を強く握る行動に近い気がする。天気の日は心うきうきだけれども、悪天候でも、私の心はうきうきなのだ。あとは、曇りの日も心ウキウキさせる事を見つけなければならない。(笑)
第 6 回 認知症になるはずがない
第 5 回 喜寿の新人役者の修行とは
第4回 気がつけば置いてけぼり
第3回 片目の創造力
第2回 私という現象から脱出する
第1回 今日を退屈したら、未来を退屈すること
はぎわら さくみ
エッセイスト、映像作家、演出家、多摩美術大学名誉教授。1946年東京生まれ。祖父は詩人・萩原朔太郎、母は作家・萩原葉子。67年から70年まで、寺山修司主宰の演劇実験室・天井桟敷に在籍。76年「月刊ビックリハウス」創刊、編集長になる。主な著書に『思い出のなかの寺山修司』、『死んだら何を書いてもいいわ 母・萩原葉子との百八十六日』など多数。現在、萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち 前橋文学館の館長、金沢美術工芸大学客員教授、前橋市文化活動戦略顧問を務める。 2022年に、版画、写真、アーティストブックなどほぼ全ての作品が世田谷美術館に収蔵された。