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背中トントン懐かしい ─萩原 朔美   

—老体からは逃げられない。でも笑い飛ばすことは出来る—

萩原 朔美さんは1946年生まれ、11月14日で紛れもなく77歳を迎えた。喜寿、なのである。本誌「スマホ散歩」でお馴染みだが、歴としたアーチストであり、映像作家であり、演出家であり、学校の先生もやり、前橋文学館の館長であり、時として俳優にもなるエッセイストなのである。多能にして多才のサクミさんの喜寿からの日常をご報告いただく、連載エッセイ。同輩たちよ、ぼーッとしちゃいられません!

連載 第14回 キジュからの現場報告 

 子供の頃病院に行くと、

「アーンして」

 と言われ、口を開けると医者が舌を押さえて覗きこむ。次に胸を広げると、冷たい聴診器の散歩が始まる。

「吸って、吐いて、吸って」

 大体発熱しているから、胸も背中も冷たくて気持ちいい。

 聴診器の後は、仕上げに指でトントン。どこかに悪者が潜んでいないか探っている感じ。あの、背中を探検する指の繊細な振動が、医者に対する安心感、信頼感を芽生えさせる。

 最近の医者は聴診器を胸に当てない。患者の顔よりもモニターを見る。血液検査の仔細な数字が患部だ。患者はデータの形をしているのだ。

 あの、指トントンの安心感をもう一度味わいたい。大学病院に行くたびに、キジュで、疑り深く、病気大尽の老人はそう思っていた。

 ところがなんと、帯状疱疹になって前橋の病院に行ったら、聴診器と指トントンに出会ったのだ。しかもこの病院は、診察前に、看護師が微に入り細に入り病状の聞き取りをしてくれる。これにはビックリだ。勿論血液検査もやる。医者との会話もたっぷり。あー、こう言う病院がまだあったのか。背中に響くトントンが一気に子供の頃の、明るい未来が待っているような気分を呼び戻してくれた。

 嬉しくなって病院を出た途端、私は曽祖父が前橋の開業医だった事に思い当たった。一体どんな医者だったのだろうか。モノクロの写真でしか知らない曽祖父。生まれて初めて、私は医者だった曽祖父に興味が湧き、身近な存在に感じたのだった。

▲写真左は、筆者の曾祖父・萩原密蔵 萩原家は大阪府下で代々開業医をしていた。密蔵は三男で、東京大学医学部別課を卒業。卒業成績は1番だった。前橋へは、明治15年1月に群馬県立病院の医員になって赴任。そして、18年11月に開業した。写真右は、明治25年の萩原家。前列右から曾祖母ケイ、祖父の朔太郎、曾祖父の密蔵に抱かれた朔太郎の妹のワカ。

第13回 自分の街、がなくなった
第12回 渡り鳥のように、4箇所をぐるぐる
第11回 77年余、最大の激痛に耐えながら
第10回 心はかじかまない
第 9 回 夜中の頻尿脱出
第8回 芝居はボケ防止になるという話
第7回  喜寿の幕開けは耳鳴りだった
第 6 回 認知症になるはずがない
第 5 回 喜寿の新人役者の修行とは
第4回 気がつけば置いてけぼり
第3回 片目の創造力
第2回 私という現象から脱出する
第1回 今日を退屈したら、未来を退屈すること


はぎわら さくみ
エッセイスト、映像作家、演出家、多摩美術大学名誉教授。1946年東京生まれ。祖父は詩人・萩原朔太郎、母は作家・萩原葉子。67年から70年まで、寺山修司主宰の演劇実験室・天井桟敷に在籍。76年「月刊ビックリハウス」創刊、編集長になる。主な著書に『思い出のなかの寺山修司』、『死んだら何を書いてもいいわ 母・萩原葉子との百八十六日』など多数。現在、萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち 前橋文学館の館長、金沢美術工芸大学客員教授、前橋市文化活動戦略顧問を務める。 2022年に、版画、写真、アーティストブックなどほぼ全ての作品が世田谷美術館に収蔵された。


映画は死なず

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