以降、東宝で映画を撮り続け、巨匠というより‶名匠〟の称号がよく似合う監督に昇りつめた成瀬。かの黒澤明をして、「成瀬さんには敵わない」(青柳信雄監督との酒席でいつも語っていた言葉)と言わしめた成瀬巳喜男(註3)。その作品の中に、いくつか成城の風景が見つけられるのをご存知だろうか?
まずは、高峰秀子主演の『女の歴史』(63年)。高峰にとっては十五作目の成瀬映画となる。日中戦争期から現在(昭和38年)に至る一人の女の「一代記」とでもいうべき本作は、成瀬映画としては語られることの少ない作品で、演じた高峰自身「やっていて本当につまらなかった」と述懐しているほど。しかしながら本作は、『七人の侍』の村が設営された大蔵地区に建てられた大蔵住宅(通称「大蔵団地」)や、世田谷通りの新道が見られることで、東宝映画=成城ロケ映画を語るうえでは欠かすことのできない作品となっている。
主人公の高峰は、三代に亘って男たち(舅、夫、子供)に先立たれる、という悲劇のヒロイン。あまりに長い(二十五年に亘る)時間軸で物語が進むことから、ほとんど感情移入ができぬまま終幕を迎えるこの映画、注目すべきは交通事故に巻き込まれて死んだ息子(山崎努)の結婚相手(星由里子)と対峙する場面である。
黒澤映画ほどではないものの、強烈な雨が降る中、二人は星が住む団地(これが大蔵団地11号棟)脇の坂道で顔を合わせる。高峰が「あんたの顔なんか見たくない」と息子の嫁を拒絶すると、星は「子供は堕す」と言い、憤然と義母のもとを去る。雨の中、泣きながら追いかけてきて暴言を詫びる高峰に、やがて星も義母を許す、という展開は、東京五輪前に開通しようと工事を終えたばかりの、世田谷通りバイパス新道の舗道にて展開される。
バックに見えるのは、建てられて間もない大蔵団地23号棟(註4)。画面からは道路が未舗装であることが見て取れるので、撮影時、新道はまだ開通していなかったのであろう(註5)。それにしても、団地の雰囲気が今よりもはるかにモダン(まるでフランス映画!)に感じられるのは、いったい何ゆえか?