23.02.23 update

御茶ノ水駅に降り立つと思い出す、さだまさしのイラストがジャケットになった「檸檬」

 昨年2022年は、さだまさしにとって、歌手活動50年の節目の年だった。

 通算4500回を優に超えるというコンサート活動、作った楽曲は600を超え、毎年10曲もの新曲をつくり、アルバムも1枚は必ずリリースしているという。ひと口に4500回といってもピンと来ないが、計算してみると年間90回以上、1年の4分の1は全国津々浦々でコンサートをしているのだから、とてつもない回数だ。

 小説家、映画監督といった顔もあれば、朝ドラ「舞いあがれ!」ではナレーション、視聴者とハガキで繋がる「今夜も生でさだまさし」も2006年から続く長寿番組だ。軽妙なトークで笑わせ、「人生は明るく、歌は暗く」が本人のモットーだと聞いたことがあるが、振り返ると私も彼のトークや歌に何度も笑い励まされてきた。

 さだまさしは、1972年にフォークソングデュオ「GRAPE (グレープ)」としてデビューした。郷ひろみ、西城秀樹、ユーミンのデビューもこの年だ。「精霊流し」「無縁坂」「縁切寺」という名曲を残し、4年後解散。約半年の休養後、ソロで活動を始め、最初に出したアルバムが『帰去来』だった。「多情多心」から始まり、「線香花火」「異邦人」「第三病棟」、B面の「童話作家」「転宅」「胡桃の日」と進み、もう一度「多情多心」。友人と並んで聴いていたが、二人でホロリとした。夏には母に浴衣を作ってもらい、「線香花火」に火をつけ、その世界に浸ったものだ。

 その後、アルバム『風見鶏』(1977)、『私花集(アンソロジ)』(78)、『夢供養』(79)と、毎年1枚ずつ増えていくのが楽しみだった。同時に、さだまさしの作詩の素晴らしさにあらためて心打たれたのだった。

 例えば、高校生になって漢文の授業で、陶淵明の「帰去来辞」を目にする。アルバム『帰去来』は休養から元気に戻って来たということをタイトルに思いを込めたこと。アルバム『風見鶏』の中にある「飛梅」という曲は、太宰府天満宮を舞台に、菅原道真の伝説をモチーフにしており、道真の読んだ和歌「東風(こち)吹かば にほひをこせよ 梅の花 主なしとて 春を忘れそ」がさりげなく入っているのだ。

 アルバム『私花集』にある「檸檬」は、梶井基次郎の小説から着想し、御茶ノ水を舞台にして湯島聖堂や聖橋やスクランブル交差点を登場させ、青春の哀愁を見事に歌い上げている。さらに、アルバム『夢供養』の中の「まほろば」は、奈良の春日大社を訪れた恋人たちのすれ違いを歌っている。「馬酔木」を(あせび)と(まよいぎ)と読ませるところは、聴いただけでは理解できなかったが、歌詩を見て納得した。「懸想文(けそうぶみ)」、奈良にかかる枕詞「青丹(あをに)よし」というのも出てくる。日本語の奥行を感じる印象的な言葉が多く、さだのつくる詩の世界の豊かさに心が震えた。

「檸檬」は、アルバムが先行し、1978年8月10日にシングル盤がリリースされた。そのジャケットは、曲の舞台となった聖橋の見える風景をイラストにしているが、これはさだ本人が描いたものだ。左下に「マサシ画」とはっきり見える。このジャケットが欲しくて、シングル盤を買ったのだった。「檸檬」の中に出てくる、「金糸雀(かなりあ)色の風」、「青春たちの姥捨山」など、思いつかないような言葉を生み出すさだは、私には「言葉の魔法使い」のように思えた。日本的な情緒を織り交ぜながら作られた曲もあれば、ユーモア溢れる歌詩の曲もある。この4枚のアルバムと、「檸檬」のドーナツ盤は宝物で、今でも御茶ノ水に行けば、真っ先に浮かぶのは「檸檬」の曲だ。

 昨年は、フォークデュオ「GRAPE」として、「GRAPE 50年坂 一夜限りのグレープ復活コンサート」が結成記念日の11月3日に開催された。グレープ時代の過去の曲だけの披露ではなく、相方の吉田もコンサートをやるなら、進化していなければいけないという覚悟だった。そのためには50年目のグレープとして新曲をコンサートで歌う。そのドキュメンタリーが、NHKの「プロフェッショナル」で映し出されていた。

 さだはギターをつま弾きながら今までにないメロディーを探し、そこに詩をつけていく。しかし、なかなか言葉が出てこない。「もーいやだ、いやだ」と唸りながら、独特のユーモアではあるが、魔法が使える〝ドラえもん〟にでもすがりたい心境なのだろう。ドラえもんのシャツを着て曲づくりに苦しむ姿が印象深かった。

 そして47年ぶりにオリジナル・アルバム「グレープセンセーション」が2月15日にリリースされた。「精霊流し」「無縁坂」「縁切寺」はセルフカバーの新録で、全10曲のうち7曲は新曲だ。仲間たちと力を結集し、つくり上げたアルバムなのだろう。私も記念に残したい。

 さだの作った楽曲で知った「湯島聖堂」と「湯島天神」。今ごろはどちらの梅も咲いたことだろう。久しぶりに訪ねてみようと思う。

文:黒澤百々子 イラスト:山﨑杉夫

アナログレコードの1分間45回転で、中央の円孔が大きいシングルレコード盤をドーナツ盤と呼んでいた。
昭和の歌謡界では、およそ3か月に1枚の頻度で、人気歌手たちは新曲をリリースしていて、新譜の発売日には、学校帰りなどに必ず近所のレコード店に立ち寄っていた。
お目当ての歌手の名前が記されたインデックスから、一枚ずつレコードをめくっていくのが好きだった。ジャケットを見るのも楽しかった。
1980年代に入り、コンパクトディスク(CD)の開発・普及により、アナログレコードは衰退するが、それでもオリジナル曲への愛着もあり、アナログレコードの愛好者は存在し続けた。
近年、レコード復活の兆しがあり、2021年にはアナログレコード専門店が新規に出店されるなど、レコード人気が再燃している気配がある。
ふと口ずさむ歌は、レコードで聴いていた昔のメロディだ。
ジャケット写真を思い出しながら、「コモレバ・コンピレーション・アルバム」の趣で、懐かしい曲の数々を毎週木曜に1曲ずつご紹介する。

映画は死なず

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