23.03.30 update

【わが昭和歌謡はドーナツ盤】「ドリフの全員集合!」でカバーした「みよチャン」は、ロカビリー歌手・平尾昌晃作詞作曲の「ミヨチャン」だった

 仕事で遠出する朝の列車内。普段は乗らない路線だったが、高校生でごった返していた。よくよく見まわすと、あたり構わず抱き合ったり、頬を寄せあったりする制服男女が2組、3組。その人目も憚らないイチャイチャぶりに驚いたのは、もう10年以上も前のことだったか。周囲には同じ制服を着ている学生もいたが、見て見ぬふり、というより無関心。団塊の世代の年寄りにはとても想像のつかない光景を眼前にした。あ~時代は変わったんだ、という感慨に襲われたのだった。そう、ウブだったんですな、われわれの青春時代。気になる女子に近寄るだけでクラス中の噂になったし、聞きつけた強面の先輩から校舎の裏手に呼び出されもした。だいいち女子だって男子との交際がバレれば、すぐにふしだら女呼ばわりされるから、男子には見向きもせず慎ましかった(…と思う)。

 筆者がまだ小学4年生の昭和35年(1960)に売り出されて、大ヒットした平尾昌晃作詞作曲の「ミヨチャン」(ミヨちゃん)は、ウブだった少年の心根そのままの名曲である。 ……同じ高校2年の前髪垂らした可愛いミヨチャンに恋し、その円らな瞳を前にすると何にも言えなくなる僕は、ある日どこの誰かも分からない男と笑顔で寄り添っているミヨチャンを目撃してしまい、あえなく初恋に失敗。今にみていろ、僕だってかわいい恋人を見つけてやる……と結んでいる。ウブな高校2年生ではないか。列車のなかでイチャイチャする現代の高校生には初恋の味など知るはずもないだろう。
 さて当時の平尾昌晃はキングレコードから発売したソロで歌った「星は何でも知っている」(1958)のヒットに続けて、「ミヨチャン」を発表しいずれも100万枚の売上げを記録した。「星は何でも…」の歌唱は鼻にかかって甘えた歌い方だったが、「ミヨチャン」は歌い出しのセリフもチャかさず真面目に丁寧に歌っていた。この歌手が、あの「日劇ウエスタンカーニバル」でミッキー・カーチスや山下敬二郎らとギターを抱えて寝っ転びながら「監獄ロック」や「ダイアナ」を歌った〝ロカビリー〟の平尾昌晃とは思えなかった。実直な歌い方と歌詞の純朴さがウブな少年に響いていたのだ。のちに、ザ・ドリフターズの「全員集合!」で加藤茶といかりや長介が一部替え歌にしてカバーしたが、われら団塊世代の「ミヨチャン」は断然平尾昌晃のオリジナルなのだ。

 しかし、実は当時この歌をぼくら少年は、大きな声で歌うことは憚れた。名にし負う、不良少年の代表のような「ロカビリー三人男」の一人なのだ。テレビの歌謡番組で、昭和のロックを語るとき必ず映し出される日劇ウエスタンカーニバルのステージ。客席からのテープが乱舞し女性ファンにもみくちゃにされて舞台から引きずり降ろされる勢いの場面だ。アメリカ音楽がどんどん輸入されていた1960年代はロックンロールのスーパースター、エルヴィス・プレスリーが牽引していた。激しいリズムに腰を振りながら狂ったような歌唱は不良っぽさの極みで、そっくりそのまま平尾らはマネていたのだ。2022年のアメリカ映画『エルヴィス』が往時のロックンロールを再現していた通りだった。落語家の柳家金語楼の息子山下敬二郎は特に不良呼ばわりされていた記憶がある。団塊の少年たちもあの不良っぽい恰好よさに憧れていたが、どこかで学校の先生や親の目が気になっていた。ロカビリーの真似なんかすると、不良になっちゃうぞ、と自制していたのだ。それでも「ミヨチャン」と実在の同級生、森田知代子を「チヨちゃん」と準えて一人悦に入っていた。「ボクのかわいい チヨちゃんは~」と人に悟られないようにもごもごと口ずさんでいたのだ。

 間もなく、フォークソングやグループサウンズ隆盛の時代へと移っていくが、ちょうど1970年代に社会人になった頃から、カラオケが普及しはじめていた。我ら新人にとってカラオケの恐怖の経験は誰でもあるだろう。上司から、「おい歌え!」と命じられて、さっと歌える同僚がうらやましかった。ある夜、そろそろ命令が下ってきそうで歌詞本をひっくり返していると、「ミヨチャン」が出てきた! 流行っているフォークやGSの歌ではなく小学生の頃覚えていた「ミヨチャン」を思い切って歌った。 最後のセリフを言い終わらないうちに、上司は叫んでいた。「懐かしいなぁ、お前よく知っているなぁ、ミヨチャンなんて」と涙目だった。


 平尾昌晃は昭和の典型的なシンガーソング・ライターと言っていいだろう。アメリカン・ポップス、ロックンロール、ポップス、青春歌謡と昭和の音楽シーンに必ず登場するアーティストだった。「霧の摩周湖」(布施明)、「よこはま・たそがれ」(五木ひろし)、「わたしの城下町」、「瀬戸の花嫁」(小柳ルミ子)に始まり、作曲家として多くの歌手に楽曲を提供してきたことを知らぬ人はいないだろう。生前、ある宴席で席を同じにしたことがあるが、実に謙虚な人柄だったことを思い出すのである。かつて不良っぽかった若者が、歌謡スターを生み続ける大作曲家となり、NHKの紅白歌合戦のフィナーレに「蛍の光」の大合唱の指揮を執るほどになった。先年亡くなったが、今でも〝ロカビリー歌手・平尾昌晃〟という人生とともに「ミヨチャン」が聴こえてくる。

文=村澤次郎 イラスト=山崎杉夫

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