後ろ姿から正面を向き「ウ~!ワァ」という掛け声で始まる楽曲は、溌溂とした3人が眩しく、「ウウッウン」という呟きが何とも色っぽい。3人のハモリも抜群に美しかった。楽しそうに歌って踊る3人を見ながら、元気をもらった人も多かったことだろう。当時のコンサートやライブでは親衛隊をはじめとする観客たちが、復唱するのも定番になった。
そんな昔を思い出しながら「暑中お見舞い申し上げます」を聴いてみたのだが、驚いたのは作詞が喜多條忠だということだ。喜多條忠といえば、何といってもかぐや姫の「神田川」だろう。このコーナーでも取り上げたが、学生運動の熱が冷めていく中、「ただ あなたの優しさが 怖かった」という一言に込めた恋人との平凡な日々を歌った「神田川」はミリオンセラーとなった。続く「赤ちょうちん」「妹」もヒット。しかしそれらの曲によって喜多條はフォークソング作家のイメージが植え付けられ、払拭させるのに苦労したようだ。吉田拓郎とのコンビで生んだ梓みちよの「メランコリー」(77)が歌謡曲の作詞をする転機となったとインタビューで語っている。
そんな喜多條が「暑中お見舞い申し上げます」の中で、「パラソルにつかまりあなたの街まで飛んでいく」とか、「水着を誰かに見られるだけでもダメといわれそう」といった、恋する女の子の気持ちをよく歌詞にできたものだと、感心してしまった。
その後拓郎とは、キャンディーズの「やさしい悪魔」「アンド・ドゥ・トロウ」も手掛ける。しかし35歳の頃、才能の枯渇に悩むようになり作詞家生活に疲れた喜多條は、好きだったボートレースの予想やコラムニストに転身したのだ。周りの薦めもあって、還暦を迎え、今度は演歌で作詞活動を再開する。2017年、伍代夏子の「肱川あらし」では日本作詩大賞を受賞した後、日本作詩家協会会長、JASRAC理事も務め、21年11月22日帰らぬ人となった。様々な曲を多くの歌手に提供した喜多條忠であるが、キャンディーズにとっても大切な一人に違いない。
3人はいったん芸能界を引退後、田中好子は女優に転身しNHK朝ドラの「ちゅらさん」はじめ多くの映画やテレビドラマに出演。11年4月21日、まだ55歳という若さでこの世を去った。藤村美樹は、引退後表舞台には出ていない。久しぶりに姿を見せたのが、田中の葬儀というのは皮肉だ。伊藤蘭も芸能界へ復帰し、主に女優として活躍しながら、解散後41年ぶりにソロコンサートも開催した。そして、今年はキャンディーズデビューから50年の節目の年。伊藤は最新アルバム「LEVEL9.9」を7月19日にリリースし、キャンディーズ・ナンバー満載の記念ツアーも開催する。「あなたに会いたくて時計をさかさまにまわしている」と喜多條忠は「暑中お見舞い申し上げます」の中に書いたが、ファンは夢中で応援していたあの頃に戻れることだろう。コンサートを前にキャンディーズからの50年目の贈り物にファンは胸をときめかせているに違いない。
文=黒澤百々子 イラスト=山﨑杉夫