今回ご紹介する「能登半島」は、「津軽海峡・冬景色」に次ぐシングルとして77年5月に発売された楽曲で、同年9月発売の「暖流」と合わせて〝旅情三部作〟として親しまれている。「暖流」は、歌詞にもあるが南国土佐を舞台にした高知のご当地ソングである。いずれも、作詞・阿久悠、作曲・三木たかしのコンビによる。「能登半島」は、「津軽海峡・冬景色」の大ヒットの勢いもかって、オリコン最高位7位というヒット曲となり、ファンの間では、「津軽海峡・冬景色」より、「能登半島」や「暖流」を推す声も少なくない。大きなヒットにも関わらず、石川さゆりが紅白のステージで、「能登半島」を披露したのは、リリースから26年後の2003年のことだった。「能登半島」「暖流」と立て続けにヒットしたことにより、石川さゆりの歌手としての方向性が、より明確になってきたように思われる。その意味では「能登半島」と「暖流」の存在意義は大きい。
その他にも、石川さゆりの楽曲を聴いていると、女の情念や情愛を歌い込んだものに、〝さゆり節〟が際立っているように感じられる。「天城越え」を筆頭に、「夫婦善哉」「風の盆恋歌」「飢餓海峡」などがそれである。それぞれ、松本清張、織田作之助、高橋治、水上勉の小説の同名タイトルでもあり、映画化、ドラマ化などもされている作品で、もちろんその小説をモチーフに楽曲が作られていることも想像に難くない。「天城越え」を歌う石川さゆりのパフォーマンスには、芝居っけたっぷりの鬼気迫るものがあり、それがまたファンを喜ばせる。また、「火の国へ」「鴎という名の酒場」「波止場しぐれ」「ウイスキーが、お好きでしょ」「ホテル港や」などなど、「津軽海峡・冬景色」や「天城越え」の強烈な印象の影に隠れてはいるが、石川さゆりの歌は、聴かせると同時に女のドラマを情感たっぷりに見せてくれる作品が多い。
また、コブクロの小渕健太郎作詞・作曲「春夏秋冬」、いきものがかりの水野良樹作詞・作曲、亀田誠治編曲「花が咲いている」、加藤登紀子作詞・作曲「残雪」、東京スカパラダイスオーケストラと組んだ「虹が見えるでしょう」など、意欲的にさまざまなアーティストと組んでいる。一方、日本の伝統を歌い継ぐというコンセプトのもと、昭和・平成・令和の3時代にわたり発表してきたアルバムシリーズ、童謡歌集『童~Warashi~』、民謡選集『民~Tami~』、小唄・端唄集『粋~Iki~』を一つにまとめたCD3枚組『JAPAN』を2020年には完成させている。2018年には、45周年記念リサイタルほかの成果により、芸術選奨文部科学大臣賞を大衆芸能部門で受賞している。常に、とどまることなく前進を続ける歌手である。
今年も大晦日恒例のNHK紅白歌合戦の出場歌手が発表され、何かと物議をかもしているが、石川さゆりは、本年で通算46回目の出場となる。これは歴代の紅組出場歌手の中で最多出場である。白組も合わせると、北島三郎、五木ひろしが共に50回、森進一48回に次ぐ第4位である。石川さゆりは、紅白には欠かせない聴かせる、魅せる歌手なのである。89年には「風の盆恋歌」で大トリを務めたほか、紅組トリは9回を数える。そして、驚くべきは、2007年から22年の間は、「天城越え」と「津軽海峡・冬景色」を交互に披露している。紅白では、「天城越え」が13回、「津軽海峡・冬景色」が12回も歌われているのである。果たして今回はいずれの曲が披露されるのであろうか。「津軽海峡・冬景色」「能登半島」「暖流」の〝旅情三部作〟メドレーというのは、いかがだろうか。本年は、ヴィム・ヴェンダース監督映画『PERFECT DAYS』に出演したことも大きな話題となった。
文=渋村 徹 イラスト=山﨑杉夫