23.12.28 update

『ブギウギ』の笠置シヅ子が「紅白歌合戦」のトリを飾った1956年、三橋美智也は「哀愁列車」で初出場し昭和歌謡界を牽引した

 この年の紅白では、朝ドラ「ブギウギ」のモデルと言われている笠置シヅ子が「ヘイ・ヘイ・ブギ」を歌って大トリを飾っている。美空ひばりにとって代わる直前の笠置シヅ子は人気絶好調だったと思えるが、翌年の1957年、何と紅組美空ひばりの大トリを向こうに回して三橋が白組のトリとなって「リンゴ花咲く故郷へ」で対抗した。さらに翌1958年も白組トリで「おさらば東京」を歌唱。次から次へと大ヒットを連発する三橋の勢いを感じさせる昭和30年代のスタートを物語っている。

 あえて三橋の紅白における実績を追えば、1959年は「古城」で島倉千代子に対抗、1960年やはり島倉千代子の対抗に「達者でナ」で初大トリを務め、1961年「石狩川悲歌」で再び江利チエミと対戦、1962年「星屑の町」で二度目の大トリを飾る。1963年「流れ星だよ」(島倉)、1964年「また来るよ」(江利)、1965年「二本松少年隊」(島倉)と、紅組の大物歌手らと相次いで対戦を繰り返す連続10回の出場だった。

 その後、三橋は糟糠の妻と別れたことが原因と騒がれながら紅白出場が途絶える。9年のブランク後、驚くべきことに1974年(昭和49)11回目の出場を再び「哀愁列車」で果たしたのである。対抗したのは「あなた」の小坂明子、1975年「津軽じょんから節」で対抗は山口百恵、1976年「津軽甚句」で森昌子、1977年「風の街」で南沙織と紅組女性軍はすっかり若返って三橋に対抗した。

 どうだろうか。あえて数字を裏付けて〝モンスター〟ぶりを振り返ってみたが、頭角を現す以前の苦労は半端ではなかった。当時の歌謡界には貧困や苦労のはてにレコードデビューを果たしたスターが多く、三橋とて例外ではなかった。1930年(昭和5)11月10日北海道上磯郡上磯町峩朗(現在の北斗市)出身だが、実父とは3歳の時死に別れ、農場に住み込みで働く母は同じ職場の作業員と再婚。3人の異父母兄弟がいた。ただ、母は民謡の歌い手だったことで幼いころから声を鍛えられ、歌唱力を身に着けていく。小学生になったころにはいっぱしの民謡を歌う少年で、母と巡業をしながら家計をささえたという。津軽三味線を習いはじめ民謡一座で修行することもあった。そして19歳の時に一攫千金を思ったか、三味線一本を持って上京し、銭湯のボイラ―マンをやりながら民謡と三味線の練習に明け暮れる。しばらくして定時制高校に通わせてもらうほど、とにかく三橋は勤勉で真面目によく働く少年だった。23歳でひょんな切っ掛けでキングレコードの専属歌手になり、前述のように、1954年に「酒の苦さよ」でレコードデビューすると、1955年に「おんな船頭唄」が大ヒット。流行歌手、三橋美智也が誕生したのである。その後の三橋は突っ走るばかりで、CMソングの「おやつはカール」は20年間で31作にもなっている。1978年(昭和53)には「電撃わいどウルトラ放送局」(ラジオ関東)のパーソナリティに抜擢され、初めてDJを経験し、「ミッチー」の愛称で若者にも人気を呼んだ。「フィーバー!」を連呼したカップ麺のCMが話題となって、和服姿が多かった演歌の三橋が、ジョン・トラボルタ風の衣装をまとったときは唖然としたものだった。人気がピークを過ぎたころにはホテル業などにも手を出したり家庭不和が騒がれたりもしたが、1996年1月8日、65歳で病没。途轍もない存在だった昭和歌謡のモンスターは、間違いなく昭和のスーパースターだった。

文=村澤次郎 イラスト=山﨑杉夫

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