半拍あって、タタタ/タタタタ/タタタタタタタタ……という16分音符の繰り返しがあり、歌唱に入る前に奏でられるギリシャの民族楽器・ブズーキによるメロディで、エーゲ海の雰囲気が一気に高まる。歌唱のサビ部分はサンバ風である。イントロから、エンディングまでを通して、豊かな音楽性を感じさせるメロディ、リズムの構成は、日本の歌謡ポップス史に刻まれる、感動の名曲であり、筒美京平という天才の為せる技に、今でも昂奮を禁じ得ない。「異邦人」と並び、誰もがわかる名イントロの楽曲だろう。
また、女の自由で奔放な、そして複雑な心を歌った阿木燿子によるきわどい歌詞も、特筆ものである。阿木燿子は、本作で日本作詞大賞の大賞を受賞した。そして、ジュディは、まさに、〝レースのカーテンをひきちぎり、体に巻き付け〟たような純白のドレスで、この楽曲のヒロインになる。見事、日本レコード大賞の大賞に結実した。そして、NHK紅白歌合戦にも初出場を果たした。79年の紅白歌合戦は、小林幸子、石野真子、大橋純子、さだまさし、サザンオールスターズ、ゴダイゴ、そして、オリコン年間チャート1位に輝いた「夢追い酒」を歌った渥美二郎らが初出場を果たした回だった。ちなみに、「魅せられて」はオリコン年間チャート2位だった。
この年レコード大賞作曲賞も受賞した筒美京平にとって、71年の尾崎紀世彦の「また逢う日まで」以来、二度目の大賞受賞だった。筒美は、作曲家別レコード売上年間1位に10回輝いている。作曲作品が、60年代、70年代、80年代、90年代、2000年代と、5年代連続でオリコンチャートの1位を獲得している。まさしく国民栄誉賞ものの偉業である。筒美が初のオリコン週間チャート1位に輝いたのは、いしだあゆみの「ブルー・ライト・ヨコハマ」で、レコード大賞作曲賞も受賞した。歴代作曲家総売上ランキングの1位を誇る筒美京平の作品の中で、「魅せられて」は、筒美のシングル売上1位の曲である。
大きなチャンスはさらなる大きなチャンスを引き寄せるのか、「魅せられて」がヒット街道を驀進するなか、ジュディ・オングには、アメリカのNBCテレビの大作ドラマ「将軍」のヒロイン役のオファーがあった。だが、年末の賞レースが華やかだった時代、大事な時期に日本を長く留守にすることは許されず、ジュディは「将軍」を辞退した。その決意を発表したのは、「ザ・ベストテン」での生中継のときだった。涙をこらえながら、辞退を表明したのだ。その決意は、日本レコード大賞の大賞という栄冠を歌手・ジュディ・オングにもたらした。所属レコード会社のCBS・ソニーにとっても、悲願の大賞初受賞だった。ちなみに「将軍」でジュディの代役を務めたのは、島田陽子だった。「将軍」の出演により、島田陽子もまた〝国際派女優〟と呼ばれる栄誉に浴することになる。1979年は、ジュディ・オングと島田陽子、2人の女性の大きな転機となった年だったのだ。
文=渋村 徹 イラスト=山﨑杉夫