22.12.08 update

中森明菜もカバーしたどこか乾いたモダンな哀愁の叙情歌 村下孝蔵「踊り子」

アナログレコードの1分間45回転で、中央の円孔が大きいシングルレコード盤をドーナツ盤と呼んでいた。
昭和の歌謡界では、およそ3か月に1枚の頻度で、人気歌手たちは新曲をリリースしていて、新譜の発売日には、学校帰りなどに必ず近所のレコード店に立ち寄っていた。
お目当ての歌手の名前が記されたインデックスから、一枚ずつレコードをめくっていくのが好きだった。ジャケットを見るのも楽しかった。
1980年代に入り、コンパクトディスク(CD)の開発・普及により、アナログレコードは衰退するが、それでもオリジナル曲への愛着もあり、アナログレコードの愛好者は存在し続けた。
近年、レコード復活の兆しがあり、2021年にはアナログレコード専門店が新規に出店されるなど、レコード人気が再燃している気配がある。
ふと口ずさむ歌は、レコードで聴いていた昔のメロディだ。
ジャケット写真を思い出しながら、「コモレバ・コンピレーション・アルバム」の趣で、懐かしい曲の数々を毎週木曜に1曲ずつご紹介する。

 村下孝蔵の曲で、初めて耳にしたのは1982年にCBS・ソニーからリリースされた4枚目のシングル「ゆうこ」だった。同日発売のアルバム『夢の跡』からの最初のシングルカットで、同年10月、村下孝蔵が初めてフジテレビ系「夜のヒットスタジオ」に出演した折に歌ったのが「ゆうこ」で、村下孝蔵というアーティストの存在は、〝夜ヒット〟で知った。かたく心を閉ざしている女性への、言い出せない愛が綴られる絵画のような曲だと感じたことを思い出す。ちなみに、最初に予定されていたタイトルは、歌詞にもある「ピアノを弾く女(ひと)」だったという。「ゆうこ」というタイトルは、村下が当時婚約中だった女性の名前からとったと聞く。全国の〝ゆうこさん〟は、自分に置き換えて聴いていたのではないかと想像する。

 そこから、村下孝蔵の音楽に興味を持ち始め、知ったのが、デビューの翌年81年にリリースされていた2枚目のシングル「春雨」だった。都会へ旅立ってしまい、「木綿のハンカチーフ」ではないが、都会の色に染まってしまったのだろうか、以前とは変わってしまった、二度と会うことのない彼との想い出をたどりながら、渡すことができなかった〝心を編んだ〟セーターの毛糸を解(ほど)く女性の姿が、ありありと浮かんできた。丁寧に選びぬかれた日本語のもつ叙情性が、聴く人の心に情景を鮮やかに浮かび上がらせる。美しい日本語、哀愁を帯びたメロディ、そして素朴な甘く澄んだ歌声。シンガーソングライター村下孝蔵の楽曲の神髄は、この三位一体の魅力にあると感じた。

イラスト:山﨑杉夫

 そしてデビュー4年目に5枚目のシングルとしてリリースされたのが「初恋」。コンサートやライブでは、締めの曲としてエンディングに歌われる村下孝蔵の代表曲と認識されている。オリコンチャートで最高3位を記録した、自身最大のヒット曲でもある。TBS系「ザ・ベストテン」でも、6週間ベストテン入りした村下孝蔵唯一のランクイン曲だが、当時、肝臓病の治療に専念中のため、村下孝蔵が番組に出演することはなかった。だが、83年の年間ランキングで、6位となるロングヒットとなった。村下の故郷、熊本県水俣市の商店街に、2013年に「初恋」の歌碑が建てられ、商店街ストリートは「初恋通り」と改名されている。

「初恋」に続きリリースされたのが「踊り子」である。「初恋」に次ぐシングル売上数を誇るヒット曲となり、ライブ、コンサートでも人気の曲となった。中森明菜もカバーしており、2003年にリリースしたアルバム『歌姫3~終幕』に収録されている。〝つまさき立ち〟の不安定な愛の渦中にいる恋人たちの胸を揺さぶる心象スケッチが、哀愁の旋律と、心地良いリズムで聴く人の心を捉えた。ザ・ベンチャーズに心酔し、影響を受け、自身のライブでアコースティック・ギターのソロ演奏で披露した〝ひとりベンチャーズ〟は、今でも伝説的に語られている。村下孝蔵の卓越したギター・テクニックはミュージシャンたちからも一目置かれていた。

「春雨」「ゆうこ」「初恋」「踊り子」、いずれもノスタルジーという叙情の世界に導いてくれる楽曲でありながら、どこか都会的なニュアンスを感じさせるところもある。村下孝蔵の楽曲が、抒情派のフォークテイストながら、どこか乾いたイメージを抱かせるのは、村下がベンチャーズをはじめとする洋楽に親しんだせいだろうか。今回は「踊り子」をセレクトしたが、今、カラオケで歌いたいということでの選曲であり、乱暴な言い方をすれば「春雨」「ゆうこ」「初恋」いずれでもよかったし、全部好きな曲である。それにしても、あまりにも早い村下孝蔵46歳の死だった。

文=渋村 徹

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