1975年にデビューした、三木聖子をご存じだろうか。デビューはTBS系の連続テレビドラマ「悪魔のようなあいつ」だった。「悪魔のようなあいつ」は、阿久悠が原作を手がけ、上村一夫が作画をした連載漫画のテレビドラマ化で、昭和の未解決事件として知られる三億円強奪事件をモチーフとした作品で、時効まであと半年というタイミングで製作された。主人公のジゴロで脳腫瘍を患っている三億円強奪犯人をジュリーこと沢田研二が演じ、ドラマ「時間ですよ」や「寺内貫太郎一家」などのヒットドラマを手がけた久世光彦が演出を担当し、エロチシズム漂う、どこか頽廃的なムードなど、大人向けの濃厚な構成で通好みのファンを喜ばせ、今でも語り継がれる昭和のドラマとしてテレビ史に刻まれている。
脚本は映画『青春の殺人者』『太陽を盗んだ男』の監督として知られる長谷川和彦、音楽は井上堯之と大野克夫で、2人は「傷だらけの天使」や「寺内貫太郎一家」なども連名で音楽を手がけている。共演者には若山富三郎、藤竜也、荒木一郎、篠ひろ子、安田道代(現・大楠道代)、宝塚の男役トップスターとして人気を誇った那智わたる、伊東四朗、細川俊之、尾崎紀世彦など一癖も二癖もある強烈な個性の俳優陣が揃った。久世演出作品らしく、加藤治子や、悠木千帆(後の樹木希林)も出演しており、多くの才能が結集した、さまざまな角度から語られるテレビドラマだった。ちなみにジュリーの大ヒット曲「時の過ぎゆくままに」(作曲は大野克夫)もこのドラマから誕生した。三木聖子はジュリーの清純な妹役で、デビュー作にしてベッドシーンや暴行シーンなどがあるハードな役柄に耐えていたが、やはり痛々しかった。
翌年、三木聖子は歌手としてもキャニオン・レコードからデビューを果たすことになり、その楽曲が「まちぶせ」だった。81年には石川ひとみによるカバーシングルがリリースされ大ヒットし、石川はこの曲でNHK紅白歌合戦に初出場することになるが、荒井由実作詞・作曲、松任谷正隆編曲による「まちぶせ」は、そもそもは、三木聖子への提供曲だった。96年には、松任谷由実自身のセルフカバーによるシングルがリリースされている。いずれも松任谷正隆の編曲だが、ユーミンのセルフカバーは、どこかレゲエ風のアレンジになっていた。三木聖子のデビューシングルのカップリング曲は、やはり荒井由実作詞・作曲の「少しだけ片想い」。こちらは荒井由実のアルバム『COBALT HOUR』に収録されているのがオリジナルで、三木聖子が歌ったのはカバー曲である。
とにかく、ポニーテールの三木聖子が可愛かった。もともと、ドラマで好きになったのだが、歌を聴いて、ますます好きになった。77年にリリースした3枚目のシングル、松本隆作詞、大野克夫作曲の「三枚の写真」も記憶に残る。三木聖子の「まちぶせ」は残念ながら、大きなヒットには結びつかなかったが、僕にとっては「まちぶせ」と言えば、誰が何と言おうと三木聖子なのである。約2年間という短い芸能活動だったが、僕の中には、いまでも「まちぶせ」を歌う、ポニーテールの三木聖子の姿が、鮮やかに記憶に刻み込まれている。そういえば、「まちぶせ」の次にリリースされた石川ひとみのシングルもまた、三木聖子のカバー曲「三枚の写真」だった。この曲も、石川ひとみの曲としての認知度のほうが高い。石川ひとみもキャニオン・レコードの先輩である三木聖子が好きだったのかもしれない。
文=渋村 徹 イラスト:山﨑杉夫
アナログレコードの1分間45回転で、中央の円孔が大きいシングルレコード盤をドーナツ盤と呼んでいた。
昭和の歌謡界では、およそ3か月に1枚の頻度で、人気歌手たちは新曲をリリースしていて、新譜の発売日には、学校帰りなどに必ず近所のレコード店に立ち寄っていた。お目当ての歌手の名前が記されたインデックスから、一枚ずつレコードをめくっていくのが好きだった。ジャケットを見るのも楽しかった。1980年代に入り、コンパクトディスク(CD)の開発・普及により、アナログレコードは衰退するが、それでもオリジナル曲への愛着もあり、アナログレコードの愛好者は存在し続けた。
近年、レコード復活の兆しがあり、2021年にはアナログレコード専門店が新規に出店されるなど、レコード人気が再燃している気配がある。
ふと口ずさむ歌は、レコードで聴いていた昔のメロディだ。ジャケット写真を思い出しながら、「コモレバ・コンピレーション・アルバム」の趣で、懐かしい曲の数々を毎週木曜に1曲ずつご紹介している。