21.09.28 update

学校時代の思い出のランキング、トップは昭和も今も変わらない修学旅行

時代変われど鎌倉、箱根は人気の旅行地

昭和40年、茨城県潮来市立潮来第一中学校の修学旅行は鎌倉方面へ出かけた。今も昔も鎌倉は修学旅行で多くの学生たちが訪れ、長谷の鎌倉大仏は欠かせないルートである。写真提供:潮来市立潮来第一中学校

 昭和十七年(1942)に公開された小津安二郎監督の『父ありき』でも修学旅行が描かれる。
 父親(笠智衆)は金沢の中学校で先生をしている。秋、四年生(現在の高校一年生)を連れて修学旅行に行く。
 先生の笠智衆は数学の授業を終えると、修学旅行の日程を説明する。待っていましたと生徒たち(男子)は大いに湧く。
 

 東京で「まず、宮城遥拝」、続いて、明治神宮と靖国神社を参拝。このあと、鎌倉、江の島、箱根と巡る。生徒たちにとっては、鎌倉からが楽しい旅行だろう。大仏の前では記念写真を撮る。
 箱根山を〽箱根の山は天下の険……と歌いながら登り、夜、芦ノ湖畔の宿に泊る。
 生徒たちは、お喋りをしたり、家へ葉書を書いたり、あるいは、足に出来たまめをつぶしたりしてくつろぐ。先生たちは碁を打っている。
 楽しい筈の修学旅行だが、このあと、芦ノ湖でボート遊びをしていた生徒が事故死してしまう。修学旅行では事故が怖かった。


修学旅行生相手の旅館はてんてこまい


 戦争が激しくなると修学旅行は中止される。
 戦後、復活し、世の中が落着いてくると修学旅行は以前より盛んになる。
 井伏鱒二の『駅前旅館』(昭和三十二年)は、上野駅前の旅館の番頭を主人公にしている。大勢でやってくる学生たちはお得意様。当時、東京の旅館がいかに修学旅行の学生でたてこんでいたか。こうか書かれている。
 その日はまず、前の晩に泊った広島県福山の高校の学生たちが百人あまり、夜明けと共に帰ってゆくと、入れかわりに九州の若松の定時制に通う生徒が四十人あまり到着。そこへ青森の中学生が百人あまり、さらに大阪の高校生が七十人あまりと続く。
 宿の人間は大忙し。それだけ、世の中にゆとりが出てきた証しでもあるだろう。
 三島由紀夫に「修学旅行」(昭和二十五年)という短篇がある。島(伊豆大島あたりと思われる)のホテルを舞台にしている。このホテルはこのところ営業不振で支配人はやむなく修学旅行を受け入れる。
 東京の中学生の修学旅行だが、決まってガラスや花瓶が割られ、シーツが汚され、他の客からは眉をひそめられる。
 悪童たちの団体を相手にするのは大変なことだったろう。
 村松梢風原作のオムニバス映画『女経』(60年)の第三話「恋を忘れていた女」では、主人公の京マチ子が京都の旅館のおかみ。もともとは芸者で老舗旅館に嫁いだ。
 経営の才能があり、修学旅行専門の旅館にした。老舗の旅館としては格が落ちるが、そのほうが商売になるという。高度経済成長期ならではだろうか。

皇居二重橋は、修学旅行のみならず、東京観光には欠かせない場所で、田舎から出てきた母親を東京案内する娘を歌った島倉千代子の昭和32 年のヒット曲「東京だョおっ母さん」にも「記念の写真を撮りましょね」と歌われている。写真はまさに昭和32 年の修学旅行生たち。写真提供:公益財団東京観光財団


修学旅行を我慢するけなげな娘

昭和の修学旅行の子供たちにとってバスガイドは憧れの人。美人で歌がうまくて、ガイドさんは多くの子供たちから記念写真をせがまれる人気者だった。昭和30年代、ボンネットバスの前でガイドさんと子供たち。写真提供:小野光一さん

『二十四の瞳』では修学旅行にいけない子供が描かれたが、戦後になっても、同じようなことは起る。
 畔柳二美(くろやなぎふみ)原作、家城巳代治(いえきみよじ)監督の『姉妹』(55年)は、山のなかの発電所を舞台にした一家の物語。父親(河野秋武)は発電所の技師。娘二人は親戚の家に下宿し、町の女学校に通っている。恵まれている。

 妹(中原ひとみ)の学年が修学旅行に行くことになる。楽しみにしていると、父親が旅行に行くことに反対する。なぜか。
 発電所では不景気のために人員整理をしている。昔気質の父親としては、仲間が苦しんでいるときに、自分の家だけが娘を修学旅行に出すわけにはゆかないという。
 はじめは「なぜ、私が行けないの」と釈然としなかった娘も、父親の思いに触れて、納得し、修学旅行をあきらめる。我慢する。
 昭和の子供はけなげだった。


かわもと さぶろう
評論家(映画・文学・都市)。1944 年生まれ。東京大学法学部卒業。「週刊朝日」「朝日ジャーナル」を経てフリーの文筆家となりさまざまなジャンルでの新聞、雑誌で連載を持つ。『大正幻影』(サントリー学芸賞)、『荷風と東京『断腸亭日乗』私註』(読売文学賞)、『林芙美子の昭和』(毎日出版文化賞、桑原武夫学芸賞)、『映画の昭和雑貨店』(全5 冊)『映画を見ればわかること』『向田邦子と昭和の東京』『それぞれの東京 昭和の町に生きた作家たち』『銀幕の銀座 懐かしの風景とスターたち』『小説を、映画を、鉄道が走る』(交通図書賞)『君のいない食卓』『白秋望景』(伊藤整文学賞)『いまむかし東京下町歩き』『美女ありき―懐かしの外国映画女優讃』『映画は呼んでいる』『ギャバンの帽子、アルヌールのコート:懐かしのヨーロッパ映画』『成瀬巳喜男 映画の面影』『映画の戦後』『サスペンス映画ここにあり』など多数の著書がある。

1 2

映画は死なず

新着記事

  • 2024.11.21
    「星影のワルツ」「北国の春」という2つの大ヒット曲...

    千昌夫「夕焼け雲」

  • 2024.11.20
    能登の子どもたちや被災者を、美しい音楽で励ましてく...

    被災者に勇気を与えるウイーン・フィルの活動

  • 2024.11.20
    指揮・坂本龍一✕東京フィルハーモニー交響楽団による...

    坂本龍一の伝説のコンサートを映画館で!

  • 2024.11.19
    ベートーヴェン「第九」初演から200周年の記念すべ...

    12月31日特別先行上映、1月3日から1週間限定公開!

  • 2024.11.19
    敷寝具から枕まで世界最大級の熟睡ブランド、〈マニフ...

    特別モデル【エコ サンドロ】限定3000台の予約開始!

  • 2024.11.18
    公募展の発祥地〈東京都美術館〉のテーマは「ノスタル...

    芸術活動を活性化させ、鑑賞の体験を深める

  • 2024.11.18
    女優「高峰秀子」と妻「松山秀子」─日本映画史に燦然...

    高峰秀子という生き方

  • 2024.11.15
    本格イタリアンをご家庭で、日清製粉ウェルナの「青の...

    応募〆切: 12月20日(金)

  • 2024.11.15
    京都のグンゼ博物苑で、昭和の激動時代の魅力を伝える...

    グンゼの創業の地で、「昭和レトロ展」

  • 2024.11.14
    「嵐」と並ぶシングル58曲連続トップテン入りを果た...

    THE ARFEE「メリーアン」

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!