21.11.03 update

昭和の「泣ける映画」は駅の別れのシーンと発車のベルが鳴っている

弟の汽車を追ってホームを走る姉の涙

 駅の別れは大人たちにとってもつらいのだから、子供にとってはなおのことだろう。
 水木洋子脚本、今井正監督の『キクとイサム』(59年)は、混血児のキクとイサムの姉弟と、ふたりを育てる心やさしい祖母の物語。
 終戦後の日本社会で、進駐してきたアメリカのGIと日本の女性とのあいだに生まれた混血児の存在は大きな問題になっていた。
 キク(高橋恵美子)と弟のイサム(奥の山ジョージ)は会津の山里で祖母(北林谷栄)に育てられている。農家の暮しは決して楽ではないが、祖母は二人に優しい。
 しかし、これから先のことを考えると、混血児は日本よりアメリカにいるほうがいいかもしれない。祖母は、考えた末にイサムをアメリカに養子に出すことにする。
 駅の別れになる。田舎の小さな駅に汽車が入ってくる(会津の駅という設定だが、撮影は、埼玉県の八高(はちこう)線の寄居(よりい)駅でされている)。
 イサムが列車に乗り込む。本当はアメリカに行きたくない。それでも祖母が考えたことだから仕方がない。キクも弟とは別れたくない。
 汽車が走り出す。それまで静かに見送っていたキクが突然、汽車を、弟を追ってホームを走り出す。去ってゆく汽車を必死で追う。
 ホームの先まで来て、汽車を見送るキクの目から涙がこぼれ落ちる。
 いつ見ても、この場面は涙を禁じ得ない。

1950年代から60年代の中頃にかけて、地方の農村から中学を卒業したばかりの子供たちが、高度経済成長を支える若い労働者として、大都市へ向かった。昭和39年には彼らをさす「金の卵」という言葉も流行った。臨時に仕立てられた集団就職列車(昭和30年頃から)も運行し、東北・上信越から夜行で終着駅の上野に降り立った。写真提供:及川寿郎氏


家族と別れ列車に乗る子供たちの不安な旅立ち


 昭和三十年代の高度経済成長期、地方の中学校を卒業した少年や少女たちが、若い労働力として東京に出た。集団就職と呼ばれ、まだ十代なかばの子供たちが、特別仕立ての列車で故郷を離れた。
 集団就職で秋田県の農村から東京に働きに出た子供たちの行く末を描いた小杉健治のミステリー『土俵を走る殺意』には、昭和三十七年、八幡平(はちまんたい)の麓の町から、中学校を卒業した子供たちが、東京への列車に乗る様子が描かれている。
 ホームいっぱいに別れの言葉が行き交う。やがて発車のベルが鳴る。列車は上野へ向かって走り出す。八幡平の山が見えなくなると車内のあちこちから少女たちのすすり泣きが聞えてくる。やがて「(その)すすり泣きが号泣に変った」。
 まだ小さな子供たちが家族と別れ、見知らぬ大都会に出てゆく。涙が出ても無理はない。
 山田洋次監督の『男はつらいよ』シリーズ第七作「奮闘篇」(71年)には、冒頭、渥美清の寅が新潟県の小さな駅で、集団就職の子供たちを見送る場面がある。只見線の越後広瀬駅で撮影されている。寅が、自分もその列車に乗る予定なのに、見送りに熱心になってしまい、乗り損うのが笑わせる。


 小津安二郎監督は鉄道好きだった。ラストシーンにはよく走り去る鉄道を登場させた。
 戦前の『父ありき』(42 年)をはじめとして『お茶漬の味』(52年)、『東京物語』(53年)、『東京暮色』(57年)、『彼岸花』(58年)、『浮草』(59年)と数多い。
 汽車が去ってゆくところで物語を終らせる。そこに無常観がにじみ出る。
『東京物語』の最後、原節子演じる戦争未亡人は、尾道で行なわれた亡夫の母親の葬儀に出席したあと、一人、尾道から東京へと汽車で帰ってゆく。物語の終りと人の生の終りが重なり合い、深い余韻を残す。

写真提供:及川寿郎氏

かわもと さぶろう
評論家(映画・文学・都市)。1944 年生まれ。東京大学法学部卒業。「週刊朝日」「朝日ジャーナル」を経てフリーの文筆家となりさまざまなジャンルでの新聞、雑誌で連載を持つ。『大正幻影』(サントリー学芸賞)、『荷風と東京『断腸亭日乗』私註』(読売文学賞)、『林芙美子の昭和』(毎日出版文化賞、桑原武夫学芸賞)、『映画の昭和雑貨店』(全5冊)『映画を見ればわかること』『向田邦子と昭和の東京』『それぞれの東京 昭和の町に生きた作家たち』『銀幕の銀座 懐かしの風景とスターたち』『小説を、映画を、鉄道が走る』(交通図書賞)『君のいない食卓』『白秋望景』(伊藤整文学賞)『いまむかし東京下町歩き』『美女ありき―懐かしの外国映画女優讃』『映画は呼んでいる』『ギャバンの帽子、アルヌールのコート:懐かしのヨーロッパ映画』『成瀬巳喜男 映画の面影』『映画の戦後』『サスペンス映画ここにあり』『東京抒情』『ひとり居の記』など多数の著書がある。

1 2

映画は死なず

新着記事

  • 2024.11.21
    「星影のワルツ」「北国の春」という2つの大ヒット曲...

    千昌夫「夕焼け雲」

  • 2024.11.20
    能登の子どもたちや被災者を、美しい音楽で励ましてく...

    被災者に勇気を与えるウイーン・フィルの活動

  • 2024.11.20
    指揮・坂本龍一✕東京フィルハーモニー交響楽団による...

    坂本龍一の伝説のコンサートを映画館で!

  • 2024.11.19
    ベートーヴェン「第九」初演から200周年の記念すべ...

    12月31日特別先行上映、1月3日から1週間限定公開!

  • 2024.11.19
    敷寝具から枕まで世界最大級の熟睡ブランド、〈マニフ...

    特別モデル【エコ サンドロ】限定3000台の予約開始!

  • 2024.11.18
    公募展の発祥地〈東京都美術館〉のテーマは「ノスタル...

    芸術活動を活性化させ、鑑賞の体験を深める

  • 2024.11.18
    女優「高峰秀子」と妻「松山秀子」─日本映画史に燦然...

    高峰秀子という生き方

  • 2024.11.15
    本格イタリアンをご家庭で、日清製粉ウェルナの「青の...

    応募〆切: 12月20日(金)

  • 2024.11.15
    京都のグンゼ博物苑で、昭和の激動時代の魅力を伝える...

    グンゼの創業の地で、「昭和レトロ展」

  • 2024.11.14
    「嵐」と並ぶシングル58曲連続トップテン入りを果た...

    THE ARFEE「メリーアン」

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!