22.09.28 update

拍子木合図に子供たちが集まった「紙芝居」は下町の庶民文化だった

紙芝居「製作所」は東京下町の小さな会社

 紙芝居の誕生は昭和初期。
 はじめは、紙人形を使った芝居を見せていたが、それが絵物語に変わっていった。そのほうがスピーディで子供に喜ばれた。
 昭和五年には、大衆文化史上、よく知られている『黄金バット』(作・鈴木一郎、絵・永松武雄)が大人気になり、紙芝居という職が定着した。
 紙芝居の内容は、冒険活劇、怪談、少女ものなどが主。映画『銀座化粧』の紙芝居の場面には、女の子たちも紙芝居を見ている。母ものなどに涙を流していたのだろう。
 加太こうじは大正七年、浅草の生まれ。のち荒川区の尾久(おく)に移った。高等小学校の生徒だった十四歳の頃から紙芝居を描き始めたというから驚く。
 紙芝居を作る「製作所」は大半が東京の下町にある小さな会社だった。
「できてはつぶれ、つぶれてはまたできた」。そういう零細企業だから、十四歳の少年でも絵がうまければ、雇ってもらうことが出来た。
 加太こうじ少年はある時、荒川区の三河島の長屋にある小さな「製作所」を訪ね、「紙芝居の絵を描かせて下さい」と頼んだ。描いてきた二枚の絵を見せると、主人が「ふーん、まあ使えるかな」と雇ってくれた。昭和の初めのこと。下町では庶民どうしが助け合って生きるという暮しが自然にあったのだろう。
 少年だから画料は安かったが、それでも仕事はあった。「私のような子供が、へたな絵で一家五人を食わせられるほどの収入があった」。
 三年間ほどで十数軒の製作所を描いてはやめ、やめさせられるとまた新しいところを探して描く。「そんなことをくり返しているうち、少しうまくなって紙芝居では人気のある作者兼画家になってしまったのである」
 昭和十年から十一年は、紙芝居の全盛期だったという。
 だからだろう、大正十二年、浅草生まれの池波正太郎は、随筆「私の夏」(『日曜日の万年筆』新潮文庫)で、子供の頃、紙芝居に惹かれ、自分で紙芝居を作ったと回想している。
「ワラ半紙を買って来て四つ切りにして、筆と墨で描き、クレヨンで色をつけ、(友達と)たがいにやって見せる」
 ロビン・フッドの冒険やキング・コングを紙芝居にしたという。

紙芝居と言えば「黄金バット」。黄金バットは紙芝居のキャラクターの一番人気だった。昭和5年にそれまでの怪盗バットをやっつけるヒーローとして、永松武雄により描かれ登場した。その人気は昭和8年まで続き、永松武雄の後は、加太こうじにより「黄金バット」で復活する。画像提供:紙芝居師 沖勝彦さん。

紙芝居は下町の庶民文化だった

 昭和二年、港区生まれの北杜夫は長編小説『楡家の人びと』のなかで、昭和のはじめ、小学校に上がる前の子(自身の子供時代だろう)が、紙芝居に惹かれる様子を描いている。周二というその青山の大病院の子供は、夕方になると町にやってくる紙芝居に夢中になる。
 紙芝居の拍子木の音を聞くと、大勢の子供が集まってくる。一銭銅貨を差し出して紅白のねじり飴を買う。紙芝居が始まる。「さあて、そのとき現われたのは、正義の怪人、黄金バット!」
 子供たちは夢中になる。しかし、周二は「不幸」だった。一銭もお金を持っていないから。おじさんに「さあ、飴を買わない子はうしろ、うしろ」と押しのけられてしまう。
 周二がお金を持っていないのは、学齢前ということもあるが、何よりも良家の子供だったため。当時、山の手の良家の子供は、こづかいを持たされないのが普通だった。「買い食い」が禁じられていた。
 紙芝居は、下町の庶民の子供たちが楽しむものだった。青山の大病院の子供である「お坊ちゃん」は本来、見てはいけないものだった。荒川区の町屋は、紙芝居が多かった町として知られているが、戦前も戦後も、紙芝居は下町の庶民文化だった。
 この紙芝居もやがて昭和三十年代になると次第に世の中が豊かになり、子供の興味が、漫画本や映画、そしてテレビへと移ってゆくと共に、町角から消えていった。初期のテレビが「電気紙芝居」と呼ばれたことに、かすかにその名残りが感じられる。

かわもと さぶろう
評論家(映画・文学・都市)。1944 年生まれ。東京大学法学部卒業。「週刊朝日」「朝日ジャーナル」を経てフリーの文筆家となりさまざまなジャンルでの新聞、雑誌で連載を持つ。『大正幻影』(サントリー学芸賞)、『荷風と東京『断腸亭日乗』私註』(読売文学賞)、『林芙美子の昭和』(毎日出版文化賞、桑原武夫学芸賞)、『映画の昭和雑貨店』(全5 冊)『映画を見ればわかること』『向田邦子と昭和の東京』『それぞれの東京 昭和の町に生きた作家たち』『銀幕の銀座 懐かしの風景とスターたち』『小説を、映画を、鉄道が走る』(交通図書賞)『君のいない食卓』『白秋望景』(伊藤整文学賞)『いまむかし東京下町歩き』『美女ありき―懐かしの外国映画女優讃』『映画は呼んでいる』『ギャバンの帽子、アルヌールのコート:懐かしのヨーロッパ映画』『成瀬巳喜男 映画の面影』『映画の戦後』『サスペンス映画ここにあり』など多数の著書がある。

1 2

映画は死なず

新着記事

  • 2024.12.26
    〝映像だからこそ叶ったアングルが魅せる〟と石丸幹二...

    ウィーン・フィルの「第九」

  • 2024.12.26
    主演・菅田将暉&井上真央『サンセット・サンライズ』...

    1月17日(金)全国公開

  • 2024.12.26
    中山美穂が横浜ビルボードのライブコンサートで最後に...

    中山美穂「You’re My Only Shinin’ Star」

  • 2024.12.25
    第6回【東宝映画スタア☆パレード】植木 等 ─ も...

    文=高田雅彦

  • 2024.12.25
    【帯津良一・88歳のときめき健康法】アロマテラピー...

    文=帯津良一

  • 2024.12.24
    第20回【私を映画に連れてって!】中山美穂は『Lo...

    文=河井真也

  • 2024.12.23
    松田聖子デビューから45年、伝説のプロデューサー若...

    〈わが昭和歌謡はドーナツ盤〉特別企画

  • 2024.12.19
    NHK紅白歌合戦の変遷をたどってみたら、東京宝塚劇...

    石橋正次「夜明けの停車場」

  • 2024.12.18
    坂本龍一が生前、東京都現代美術館のために遺した展覧...

    音と時間をテーマにした展覧会

  • 2024.12.18
    新しい年の幕開けに「おめでたい」をモチーフにした作...

    年明けに縁起物の美を堪能する

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!