1903年12月12日に生まれ、還暦を迎えた63年の誕生日にこの世を去った映画監督・小津安二郎。本年は生誕120年、没後60年ということで、さまざまな企画展、イベントなどが開催されている。
4月1日からは、横浜の県立神奈川近代文学館でも<生誕120年 没後60年 小津安二郎展>が開催され、トークと講演会、上映会などの記念イベントも組まれている。
2015年本誌25号で、「小津好み 映画に宿る名監督の趣味と美意識」という特集を組み、小津映画の魅力を紹介した。
今回は、また別のアングルから、小津映画の楽しみ方を紹介すべく、前回の特集でも執筆していただいた米谷紳之介さんに、再び小津映画にスポットを当てていただくことになった。
小津映画へのリスペクトあふれる文章からは、小津安二郎自身の人生までもが浮かび上がってくる。日本が世界に誇る名監督の名作たる所以が、少しわかったような気がするだろう。
協力:県立神奈川近代文学館
「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味
文=米谷 紳之介
名前は知られていても、顔を知られていない映画監督は案外多い。たとえば日本映画黄金期の巨匠たちだ。溝口健二、木下惠介、成瀬巳喜男の名前からすぐに顔が頭に浮かぶ映画ファンはどれだけいるだろう。例外は小津安二郎と黒澤明だが、黒澤明はサングラスの印象が強く、その下の素顔はあまり知られていない。しかも黒澤は1998年まで生き、晩年はメディアの露出も多かった。
海外に目を転じても、ジョン・フォードやハワード・ホークスの顔は知らなくても、アルフレッド・ヒッチコックのあのツルンとした顔を知る人は多い。これもテレビの『ヒッチコック劇場』に自ら登場し、ブラウン管の向こうから視聴者に語りかけたからだ。さらに自分の映画にカメオ出演までした。
小津は今年が没後60年。テレビの全盛期を知らないままこの世を去った。カメオ出演もない。ところが、多くの人が小津の顔を知っている。不思議なほど心に残る顔なのだ。