「高校三年生」から
55年目の「大石内蔵助」へ
SPECIAL FEATURE 2017年10月1日号より
テレビアニメ「鉄腕アトム」の放送が始まり、 翌年には東京オリンピックの開催を控えた昭和38年、詰襟姿で鮮烈なデビューを飾った18歳の舟木一夫。デビュー曲「高校三年生」は、あっという間に売上を伸ばし、 舟木一夫は一躍スターダムに押し上げられることになった。 デビューから半年間に「修学旅行」「学園広場」「仲間たち」が立て続けにリリースされその後に続く〝青春歌謡〞という流行歌のジャンルが生まれる先駆けにもなった。9月まで放送されていたNHK連続テレビ小説「ひよっこ」でも通学バスの中でヒロインたちが口ずさんでいたのが「高校三年生」だ。 「青い山脈」の次世代のみんなで歌える愛唱歌として、現在も、同世代の人々が、舟木の歌に自身の青春時代を重ね歌い継がれている。 高校三年生も、デビューから足掛け55年の歳月を重ねた。
12月には新橋演舞場で、芸能生活55周年ファイナルとして特別公演が上演される。演目は昼夜通し狂言での『忠臣蔵』で、舟木は大石内蔵助を演じる。これまで花も実もある多くの花形役者たちが演じてきた役だが、「僕が演じるにあたっては、他の役者さんたちと同じであったら意味がないと思う」と初役への意欲を語り、とにかく初日が楽しみだと言う舟木。商業演劇の娯楽時代劇というスタンスでの通し狂言で見せる『忠臣蔵』。舟木一夫の大石内蔵助がいかなる色合いを帯びるのか、興味が高まる。
企画協力・写真提供=新橋演舞場宣伝部、松竹写真室、マルベル堂(プロマイド)日本コロムビア(レコードジャケット)
いさぎよい人
文=齋藤雅文
私は、こんなにいさぎよい人を知らない。
舟木一夫さんは、きっと、どんな絶頂にあっても、次の日に全てを捨てて何の悔いるところもない人だろうと思う。
「執着」というものがないのかもしれない。といって、ふわふわとした心もとない人生観の持ち主でもない。
その代わり「こだわり」は強い。「こだわり」が強くて「いさぎよい」という相反するものが、舟木さんの中で同居して成立しているのだ。
昨年の十二月、新橋演舞場で『どうせ散るなら』という舞台を上演した。このタイトルに舟木さんはこだわった。というか、それに勝る題を、作者たる私も、制作も思いつかなかったのだ。制作や劇場は、少々捨て鉢で縁起が悪いと難色を示したのだが、舟木さんは「幕にかけて」押し通した。「幕に かける」というのは、幕内の言い方で、 意見が通らなければその舞台には出ないという強権の発動をいう。
このタイトルは、まだ台本が書き上がる前、舟木さんが最初に電話でぼそっとおっしゃったもので、『天保六花撰』という、六人の悪党が一つのささやかな善行のために命を散らすという物語の本質を鷲づかみにしていると思った。
そうかと思うと、一カ月公演の千秋楽の舞台では、とことん遊ぶ。それまでの芝居を壊しても、これでもかと遊び尽くすのだ。
楽屋落ちなどという生易しいものではない。主人公が斬られたり、いるはずのない人物が現れて、全く別の展開にしてしまったりする。ご存じのファンの方ばかりだからいいようなものの、私は初めてそれを見た時、唖然としてあいた口がふさがらなかった。その「遊び方」の大胆なこと。捨て方のいさぎよさと言っていいか……呆然とするくらいのいさぎよさなのだ。