21.06.29 update

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

 横尾さんは、「GENKYO 横尾忠則1」国書刊行会刊の中のインタビューでこう答えている。

Q .絵を描き始めたときに、完成は見えているんですか? いや、横尾さんの絵はいつも未完なんでしたよね。

Y .完成? 全くゼロです。描き始めだって、いい加減なもんですよ。描きながらどんどん、手がアイデアを生むんです。頭っていうより。思わぬ筆の走りによって、何か不思議な導かれ方をしますね。だからとにかく筆を持って描くってこと。そうしないと何も浮かばない。描き始めて完成が見えるということは、めったにないですね。そのうち描くのに飽きて、そこで止めちゃう。だからほとんど未完です。たぶん。プロセスの中での変化を楽しんでるんだろうね。描き上がった結果じゃなくて、プロセスがまず、楽しいっていうことなんで、楽しくなければもうやめます。 

 身体が先行し、完成を幻視していない。それは作品が非完のプロセスだからなのだ。

横尾忠則《原郷》2019年 作家蔵(横尾忠則現代美術館寄託)
Tadanori Yokoo, Homeland, 2019 Collection of the Artist (Deposited in Yokoo Tadanori Museum of Contemporary Art)

 初めて横尾さんの仕事に接したのは、劇団のポスターや舞台美術だった。寺山修司主宰の演劇実験室・天井桟敷だ。旗揚げ公演の「青森県のせむし男」の横尾さんの舞台美術は凄かった。舞台全体が葬儀の黒枠で、その黒枠に張られた紗幕の奥に役者達が配置されるのだ。はじめから、登場人物は葬儀のポスターになってしまう構図である。そうなのだ。芝居の舞台が葬儀のプロセスに組み込まれてしまい、非完なのである。

 そう言えば、横尾さんが建築デザインした日本万国博覧会のせんい館も工事現場の足場をわざと残して、非完を演出していた。足場には、カラスや作業する人のオブジェが配置されてあった。建造物の完成を見せることは、言わば終わった証明の披露だ。

 しかし、非完成は、いつまでも終わりないプロセスを目撃してもらうことだろう。せんい館が際だって新鮮に見えたのは、建築の終わりの展示ではなかったからに違いない。

 私は、このせんい館を、寺山修司と一緒に見ている。あの時、真っ赤な足場のある建物を前にして、私と寺山さんは、声を出して笑い合った。気取った、S Fの世界のような人間味のないメタリックな中に、突如現れた混沌。それが小気味よく、鋭く時代を切り裂いているように見えたのである。

 今回の大規模な横尾忠則展を観ると、少しシャイな、ユーモアのある、アナーキーで若々しく力強い、前望的な立脚点が浮かび上がるのは間違いない。私には懐かしい、芝居のポスターや舞台美術やせんい館を思い起こさせてくれるだろう。横尾さんが今も当時の若々しさを全く失っていないからだ。「過去はいつも新しく」である。楽しみに待ちたいと思う。

天井桟敷設立時の団員と、皇居二重橋にて。
前列左から東由多加、萩原朔美、横尾忠則、桃中軒花月、斉藤秀子、青目海、濃紫式部、
中列左から小島嶺一、高橋敏昭、高木文子、大沼八重子、九条今日子、
後列左から林権三郎、志那虎、竹永敬一、寺山修司(1967年、東京)
横尾は寺山修司が主宰し、見世物の復権を目指す演劇実験室、天井桟敷の創設に加わり、舞台美術とポスター制作を担当する。「毛皮のマリー」の公演時に退団するが、神戸時代から魅かれていた主演の丸山(美輪)明宏との交友は続く。

横尾忠則近影(角南範子撮影、2020 年)

1936年兵庫県生まれ。美術家。72年にニューヨーク近代美術館で個展。その後もパリ、ヴェネツィア、サンパウロ、バングラデシュなど各国のビエンナーレに出品し、ステデリック美術館(アムステルダム)、カルティエ財団現代美術館(パリ)、ロシア国立東洋美術館(モスクワ)など世界各国の美術館で個展を開催。京都国立近代美術館、金沢21世紀美術館、国立国際美術館など国内の美術館でも相次いで個展を開催し,2021年に東京都現代美術館で2度目の大規模な個展を開催。2012年、神戸に横尾忠則現代美術館開館。2013年、香川県豊島に豊島横尾館開館。08年に小説集『ぶるうらんど』で第36回泉鏡花文学賞、11年に旭日小綬章、同年度朝日賞、15年に第27回高松宮殿下記念世界文化賞、16年「言葉を離れる」で講談社エッセイ賞、2020年東京都名誉都民顕彰。

はぎわら さくみ
エッセイスト、映像作家、演出家、多摩美術大学名誉教授。1946年東京生まれ。祖父は詩人・萩原朔太郎、母は作家・萩原葉子。67年から70年まで、寺山修司主宰の演劇実験室・天井桟敷に在籍。76年「月刊ビックリハウス」創刊、編集長になる。主な著書に『思い出のなかの寺山修司』、『死んだらなんでも書いてもいいわ 母・萩原葉子との百八十六日』など多数。現在、萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち 前橋文学館の館長を務める。

GENKYO 横尾忠則 原郷から幻境へ、そして現況は?

■ 会期 2021 年 7 月 17 日(土)~ 10 月 17 日(日)
■会場 東京都現代美術館 企画展示室 1F/3F (東京都江東区三好 4 1 1
■休館日 月曜日( 8/ 9 、 9/20 は開館)、 8/10 、 9/21
■ 開館時間 10:00 〜 18:00 (展示室入場は閉館の 30 分前まで)
■ 特別協力 横尾忠則現代美術館、国立国際美術館 ■ 協 賛 凸版印刷
■ 企画監修 南 雄介 前愛知県美術館館長
■展覧会特設サイト https://genkyo tadanoriyokoo.exhibit.jp/
■ 美術館ウェブサイト https://www.mot art museum.jp/
■ 展覧会公式Twitter : @GENKYO_Yokooten
■ お問い合わせ 050 5541 8600 (ハローダイヤル 9:00~20:00 年中無休)

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