20.09.25 update

中原淳一的なる「美」の深遠

SPECIAL FEATURE 2011年7月1日号より

NHKの連続テレビ小説「おひさま」で女学生となったヒロインの部屋は中原淳一の絵であふれています。ヒロインが女学校に入学するのが昭和13年のことだから、恐らくは「少女の友」を愛読していたのでしょう。昭和20年代には「それいゆ」「ひまわり」「ジュニアそれいゆ」が相次いで創刊され戦前戦後を通じて、中原淳一は昭和の少女たちに美へのあこがれを抱かせたのです。その画の中に詩情さえをも読み取り、美しいと感じた少女たち。少女たちのおしゃれ心は、中原淳一の美のレッスンによって育てられていきます。今回は「それいゆ」「ジュニアそれいゆ」を中心に中原淳一の美の世界をご紹介しましょう。

取材協力 株式会社ひまわりや

なかはら じゅんいち
1913 年香川県生まれ。15 歳で日本美術学校洋画科入学、17 歳で高級洋品店にオーダー服のファッションデザイナーとして迎えられる。18 歳のとき趣味で作ったフランス人形が認められ東京の百貨店で個展を開催。それがきっかけで雑誌「少女の友」のさし絵、口絵、表紙絵、附録などを手がけるようになる。戦後には雑誌「それいゆ」(46 年)、「ひまわり」(47年)、「ジュニアそれいゆ」(54 年)、「女の部屋」(70 年)を相次いで創刊。その活動は編集長として女性誌の基礎を作っただけにとどまらず、イラストレーター、ファッションデザイナー、人形作家、スタイリスト、ヘアメイクアップアーティスト、インテリアデザイナー、プロデューサーと多岐にわたる。83 年に70 歳で永眠。

流行はどうして生まれるのか、知っていますか?
それは人間が絶えず新鮮な美しさを求めているからなのです。   中原淳一

花咲く乙女たちのかげに

文・金井美恵子

〈少女趣味〉と呼ばれる
〈紙の文化と神話〉

 戦前の「少女の友」から戦後の「ジュニアそれいゆ」にいたるまでの30年以上の長い間、中原淳一は少女たちにとって特別な存在でした。その時代の欧米のファッション・イラストレーションや映画女優の顔の流行を実に巧妙に取り入れて少しずつ変化しながらも、一目見れば淳一の画であることがわかるタッチは、紙で出来て印刷された雑誌とその附録の小物の数々を通して、いわば〈少女趣味〉と呼ばれる毀誉褒貶の〈紙の文化と神話〉を作りあげたのでした。

〈女性の暮らしを新しく美しくする婦人雑誌〉のキャッチコピーからつけられた「それいゆ」。「ジュニアそれいゆ」のキャッチコピーは〈十代のひとの美しい心と暮らしを育てる〉

 戦前から、中原淳一の描く非現実的に大きなうるんだような眼と、眼の半分の大きさもないサクランボのように肉厚で小さな赤い唇や、細くて長い10頭身か11頭身はありそうな乙女たちに対して軽蔑的な嫌悪(不健康で通俗的ということでしょう)を示す大人たちがいたわけですから、この紙の文化はある意味で〈通俗〉な〈かげ〉の部分を持っていたのです。

 メディアとしての紙の文化を享受し、また教育もされたのは少女だけではなく、幼児向けの「コドモノクニ」「赤い鳥」や少年向けの「少年倶楽部」を通して中産階級の子供たち全体といっていいのですが、たとえば、2010年に休刊になった杉浦康平のデザイン的視点が独特で高踏的だった「季刊 銀花」で、武井武雄や初山滋といった、アート系童画家(川上澄生的モダニズムや棟方志功的民俗主義につらなる)の特集を組むことはあっても、中原淳一や高畠華宵の特集は、まず、組まれなかったわけです。

「ひまわり」「それいゆ」「ジュニアそれいゆ」といった中原淳一が編集長として方針を形作った雑誌が、「季刊 銀花」と同じ文化出版局の「ミセス」や「装苑」に大きな影響を与えたのとは相当な違いです。「銀花」的なものが淳一を拒否するのとは全然別に、フェミニストの上野千鶴子は80年代の半ば、宮迫千鶴との対談『つるつる対談』の中で、当時の40代の〈ええ年のオバハン〉が〈心の中はまるで中原淳一ふう「ひまわり」の世界〉の〈依存心べったり〉で、まるで上野が教えている〈女子短大生がそのままオバン顔になった感じ〉だと発言していて、ここでも当然のことながら、淳一的なものは、ステレオタイプな批判によって拒否されます。

〈それいゆぱたーん〉〈それいゆ じゅにあ ぱたーん〉として雑誌の巻頭でさまざまなファッション・デザインが紹介されている。

 戦前から戦後にかけての淳一ファンは、その抒情的美少女画(日本画の美人画を思いきりよく通俗的にしたようでもある)が、荒々しく暴力的な、そして暗く貧しい戦中戦後の社会で少女たちが眼にする唯一の美しく心豊かな夢だったのだ、といった言い方をするのです。読者のおたよりの載っている「ひまわりさろん」の少女たちの手紙を読むと、たとえば宝塚の学校のように理想化された美しい学園(戦前の「少女の友」には〝S〞という言葉を流行させた川端康成の名高い学園もの少女小説『乙女の港』が淳一のさし絵で連載されていました)として「ひまわり」という雑誌が彼女たちの間に存在していたことがわかります。淳一以下、編集部員は〈先生〉と呼ばれているのです。長野の林千恵子さんは昭和二十五年七月号に、日本家屋の平凡な三畳程の座敷を少女らしく改造するアイディアを紹介するページ――こうしたつつましくもいじらしいインテリア改造のアイディアは、70年代から80年代まで若い人向けの女性誌に載っていたものです――が〈此の通り〉には出来ないまでも出来るかぎり〈應用してみよう〉と思い、この中原先生の雑誌が〈ただ單に少女の甘い夢をそゝる様〉なものではなく〈しっかりした〉もので、〈社會へ出る一歩手前の私達を作りあげて下さいます〉という調子です。「おたより」の描かれたレター・セットも言うまでもなく様々なデザインで淳一の画が飾られていたものだったでしょう。

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