20.09.25 update

中原淳一的なる「美」の深遠

花咲く乙女たちに
託された文化の奥行きと
深い美意識

中原淳一がデザインした服は単に絵に描いたでざいんではなく、いずれも実際に仕立てられるものだった。

「ひまわり」の若い当時の執筆者には、外国映画を少女向きに薄めて、あらすじの紹介だけにしたりしないで本格的な批評・情報記事を書く門川美代子という女性がいますが、これは姪の美代子の名を借用した淀川長治のペンネームではないでしょうか。門川美代子は、宝塚を〈圓満退學〉して映画女優になったばかりの淡島千景を新東宝撮影所に案内して『細雪』を撮影中のデコちゃん(高峰秀子)とトルコさん(轟夕起子)に介します。少し色っぽい感じの杉浦幸雄のマンガのイラスト入りのページで、トルコさんは宝塚をやめた理由を質問されて〈やっぱり少女のお客さまだけじゃ、物足りないわ〉と言うのです。少女雑誌、あきらかに宝塚ファンが多数をしめていて、昭和二十二年には『乙女の港』コンビ(川端・中原)による『歌劇学校』という書簡体少女小説の連載がはじまった誌上で、少女のお客さまだけじゃ物足りない、と元宝塚女優の本音を書くのは、なかなかのことでしょう。

附記
編集部が調べてくださったのですが、門川美代子氏は、三木鮎郎(テレビの「スター千一夜」や「11PM」の司会者として有名だった)の夫人だそうです。私のカンは見事外れていたのですが、しかし、ある独特の文化的傾向の歴史が少女雑誌の中に流れていたことは確かなのです。

 ところで、淀川美代子さんは、平凡出版の少女雑誌「オリーヴ」の編集長として、60 年に休刊になった「ジュニアそれいゆ」的香気を誌上に反映させていたのが強く印象に残っています。

 この頃の「ひまわり」には、昭和三十年代「少女」や「りぼん」で独特でモダンなマンガ、戦前の中国育ちの恵まれた階級の少女たちの生活をしのばせる『フイチンさん』、そして『ぼんこちゃん』『メイコちゃん』(中村メイコの幼年期の伝記マンガ)を描いていた上田としこも登場していて、いわゆる「ひまわり」的少女趣味というものが、上野千鶴子のステレオタイプ化する類いのものとは、いささか趣きを異にする〈文化〉が存在していたのでした。

「ジュニアそれいゆ」は、休刊になる60年の少し前から、表紙画が内藤ルネに変り、昭和二十二年生れの私や二つ上の姉の世代にとってのスター的さし絵画家も、「女学生の友」を中心に描いていた藤井千秋や藤田ミラノへと変り、〈少女小説〉と呼ばれていたものは、大人の小説の世界で大衆小説と呼ばれていた分野から、純文学と大衆娯楽小説の中間的なものと言われる中間小説が生れてブームになったのと似て、〈ジュニア小説〉へと変貌して、川端康成的な少女的細部の描写と魅力とは関係がなくなり大衆化します。端的に言うと、〈ジュニア小説〉は少女小説と違って若い世代の男女交際についての中途半端な小説でした。

 昭和三十年代のはじめ、小学生から中学の一、二年といった年代の少女たちを読者対象としたいわゆる少女雑誌「少女クラブ」「少女ブック」「少女」、「りぼん」「なかよし」などがありましたが、それ等の雑誌には戦前の「少女の友」や「ひまわり」の影響が色濃く残されていました。マンガだけではなく、口絵に色刷りの抒情画があり、絵物語と少女小説という分野が目次上にあったこと、必ず、読者のサロンがあったことなどからも言えることですが、何かが決定的に違っていました。

 その中で「りぼん」という雑誌を、姉と私は好きだったのですが、そこでは内藤ルネの描いたシールがとじ込み附録についているのが他にはない、ちょっとお姉さま的に気取った感じだったし、上田としこのマンガもあって、連載小説の執筆者は、吉行淳之介や遠藤周作で、さし絵を描いていたのは「ひまわり」や「それいゆ」でも見たことのある日向ふさ子でした。後年、「りぼん」の編集長をやっていたのが、『虚無への供物』の塔晶夫(中井英夫)だったことを知って、ああ、と溜息を吐くことになったのですが、あの内藤ルネさんを私たちに、紹介してくれたのは、日劇のゲイの演出家でした。

 花咲く乙女たちを戦前から戦後にかけて紙のメディア上で作りつづけ、幼い少女の読者たちを楽しませた独特な花咲く乙女たちのかげには、そうしたゲイ的な世界があったのです。

 中原淳一の描く少女たちは、概念的(ステレオタイプ)にはフリルとリボン(そして花束もとても重要なのですが)に飾られ、上野千鶴子と宮迫千鶴の嫌悪する〈年とってるだけで成熟というものを経験しないままオバハンになって〉しまう読者を作り出したのかもしれませんが(どうでしょうか?)、現在私たちは、乙女たちのかげにどのようなはば広い、しかし表面にはあらわれにくく深い文化と美意識が存在したのかを知ることが出来るのです。

かない みえこ
作家。1947年高崎市生まれ。小説、文藝評論、映画評論、エッセイなど幅広く執筆活動を展開。67年『愛の生活』が太宰治賞次席となる。同年、現代詩手帖賞受賞。79年『プラトン的恋愛』で泉鏡花文学賞受賞。小説に〝目白四部作〟といわれる『文章教室』『タマや』(女流文学賞受賞)『小春日和』『道化師の恋』をはじめ『岸辺のない海』『恋愛太平記』『軽いめまい』『柔らかい土をふんで、』『彼女(たち)について私が知っている二、三の事柄』(目白シリーズ)、エッセイに『夜になっても遊び続けろ』『おばさんのディスクール』『遊興一匹迷い猫あずかっています』『楽しみはTVの彼方に』『「競争相手は馬鹿ばかり」の世界へようこそ」『目白雑録』(1.2.3)『楽しみと日々』『昔のミセス』『猫の一年』など多数の著書がある。

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映画は死なず

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