◆特集コラム 劇団俳優座80年の役者たち Vol.1◆
2024年2月10日に創立80周年を迎える「劇団俳優座」。劇団俳優座で活躍した名優たちをクローズアップしてお届けする。第1回は6期生の市原悦子。
市原悦子(1936年1月24日~2019年1 月12日)。1月24日は市原悦子生誕88年にあたる。ご存命なら、米寿の祝いをしているころだろう。
千葉県出身で高校卒業後銀行への就職が決まっていたが、高校時代演劇部に所属し演ずることの楽しさを知った市原は、演劇への思いを断ちがたく、1954年に劇団俳優座養成所に6期生として入所した。同期には川口敦子、大山のぶ代、近藤洋介、阿部百合子らがいる。
『りこうなお嫁さん』で舞台デビュー。59年に『千鳥』で芸術祭奨励賞、63年に『三文オペラ』で新劇演劇賞、64年に『ハムレット』でゴールデン・アロー賞新人賞を受賞している。71年に退団した。
『ハムレット』は、劇団俳優座20周年記念として千田是也演出により日生劇場で上演され、ハムレットを仲代達矢、オフィーリアを市原悦子が演じた。クローディアスを小沢栄太郎、ガートルードを東山千栄子と岸輝子のWキャスト、ボローニアスを三島雅夫、ホレーショを平幹二朗、さらに、東野英治郎、永井智雄、中谷一郎、滝田裕介、近藤洋介、田中邦衛、横内正、加藤剛、長谷川哲夫、岩崎加根子、佐藤オリエら、そうそうたる顔ぶれである。千田是也も俳優として出演している。劇団俳優座の俳優たちの層の厚さを感じさせる公演だった。
退団後、出演したテレビ、映画、舞台ではいくつもの当たり役があり、存在感のある女優だった。なかでも75年から始まったテレビアニメ「まんが日本昔ばなし」では、すべての登場人物の声を常田富士男と二人だけで演じ続けた。
83年からテレビドラマ「家政婦は見た!」に主演。市原悦子演じる石崎秋子が大沢家政婦紹介所の家政婦として上流階級の家庭に派遣されるのだが、その家庭には当時の世相を背景にしたスキャンダルや揉め事が起きているのだ。最後、秋子が家族の集まった席で悪事を正し、啖呵を切って帰ってくると、好きな都はるみの曲を叙情感たっぷりに歌い上げ、飼い猫の「はるみちゃん」に語りかける。88年には一連のシリーズが評価され、第25回ギャラクシー賞・25周年特別賞・ユーモア賞も受賞している。
本誌「¿Como le va?」(コモ・レ・バ)で連載エッセイ「遊びをせんとや生まれけむⅡ」を執筆していただいた中村敦夫氏も、劇団俳優座の出身で市原の後輩にあたる。2019年4月1日号では「市原節が響く。」と題し市原の想い出を語っている。一部を抜粋してお届けすると……。
──市原さんは、私が入団した時にはすでに劇団の看板スターであり、新劇界を代表する名女優であった。
とは言え、運動神経や身体機能は抜きんでていたものの、容姿はいわゆる美形とは言えなかった。「普通以上の普通」で、街で見かけても、女優という派手さはなかった。
その市原さんが舞台に立つと、満場の客が心を鷲づかみにされ、熱気が劇場を覆った。彼女は、低音から高音までの声色を自由に操り、豊かな台詞廻しで客を魅了した。さらに驚いたことには、台詞の語尾に至るまで、声が消えることなく、きっちりと劇場の隅々まで届かせた。隠しマイクのなかった時代、これができる演技者は、そう多くはなかった。
シェイクスピアの『ハムレット』 で、彼女はオフィーリアの役を当てられた。美人女優の定席というのが常識だったので、周囲はびっくりし た。そんな雑音をモノともせず、彼女は新しいオフィーリア像を作り上げ、客を圧倒したのである。
女優人生の後半、彼女はTVに進出し、「家政婦は見た!」をはじめ、 次々と主役をこなしていった。それを可能にしたのが、彼女の声の個性と台詞術である。名優とか大スターと呼ばれる人たちは、顔を思い浮かべると同時に、その独特の声が聞こえてくるものだ。
「敦夫さん、麻雀しようよ」
私の耳には、依然と市原節が響いている。──