24.09.30 update

第3回【東宝映画スタア☆パレード】 森繁久彌(前編)☆ 権威や体制に抗った喜劇俳優

今でもスタジオ入口に『七人の侍』と『ゴジラ』の壁画を掲げる東宝。〝明るく楽しいみんなの東宝〟を標榜し、都会的で洗練されたカラーを持つこの映画会社は、プロデューサー・システムによる映画作りを行っていた。スター・システムを採る他社は多くの人気俳優を抱えていたが、東宝にもそれに劣らぬ、個性豊かな役者たちが揃っていた。これにより東宝は、サラリーマン喜劇、文芸作品から時代劇、アクション、戦争もの、怪獣・特撮もの、青春映画に至る様々なジャンルに対応できたのだ。本連載では新たな視点から、東宝のスクリーンを彩ったスタアたちの魅力に迫る。

 セクハラやコンプライアンスなる概念、ましてや「Me Too」運動など、影も形もなかった時代に生きた俳優、森繁久彌。女性に対する奔放な言動でも知られるが、当事者たちから反発がなかったのは、その生き様が軽やかで清々しいものだったからに違いない。
 芸歴においても、映画のみならず、舞台、テレビ、ラジオ、歌(作曲)、声優など様々なジャンルで誰もが知る代表作をもつ人間など、森繁をおいてほかにない(※1)。

 森繁久彌を語るとき、真っ先に取り上げられるのが『社長』と『駅前』の両シリーズである。実際1960年代の東宝のプログラムは、これらの森繁喜劇を中心に回っていたといっても過言ではない。『社長』ものは正月興行を任されることが多く、『駅前』の方も年二本のペースで連作され、61年以降は主にクレージー映画(※2)とのカップリングで東宝の屋台骨を支えた。

 森繁の次男・建(たつる)氏は、「黒澤明があんなにお金をかけて映画を撮れるのは、おれが社長シリーズで稼いでいるからだ」と父が言い放つのを、直接その耳で聞いている。かねて、人足Aとして配役された『七人の侍』に出演しなかった森繁であるから、黒澤明という〝権威的なるもの〟への反発心があったことは確か。実際、黒澤作品への出演は一本もない。
 共に『次郎長三国志』に出ていた加東大介(※3)が、黒澤の命により『七人の侍』に引き抜かれていくのを目の当たりにしたことが、反発の引き金となったとも考えられるが、これに関する森繁の発言は残されていない(※4)。

 黒澤に反抗したのは森繁だけではない。社長シリーズの盟友・三木のり平は、『天国と地獄』(63:併映は『続社長漫遊記』)で江ノ電の運転手役(実際には沢村いき雄が演じた)にキャスティングされた際、オファーしてきた助監督の「あんたを黒澤映画に使ってやる」的な〈上から目線〉の態度に立腹、出演をきっぱりと断ったと自著で明言している。
 これに対し、森繁とは腹を割った間柄だった山茶花究が『悪い奴ほどよく眠る』(60)と『用心棒』(61:併映は『社長道中記』)に、駅前シリーズの相棒・伴淳三郎が『どですかでん』(71)に出演。それぞれ儲け役を得たのは、映画ファンならよくご存知のことであろう。

 当の森繁は、『三等重役』や『次郎長三国志』シリーズ(森の石松役)でのブレークにより、昭和20年代末には東宝のみならず、新東宝、大映など複数の映画会社を行き来する人気俳優となっていた。1953(昭和28)年に「五社協定」(俳優等の引き抜き禁止に関する申し合わせ)が結ばれたのは新生日活への対抗策であったが、まさに森繁のような活動(すなわちギャラアップ)を規制するためのものでもあったのだ。

 かくして東宝は、森繁を傍系会社にプールするという手に出る。これが「東京映画」で、監督では川島雄三や佐伯幸三、俳優ではフランキー堺や伊藤雄之助、山崎努(意外!)、淡島千景、淡路恵子、池内淳子、乙羽信子などが所属。『駅前旅館』(58)に始まる駅前シリーズもここでつくられている。

 奔放な言動で知られた森繁だけあって、会社や監督には様々な場面で物議を醸す発言を残しているが、何はともあれ『夫婦善哉』(55:豊田四郎監督)の話をせねばならない。

▲「僕をぶったたく役が多かった」という淡島千景とは、その後も駅前シリーズ等で共演を重ねた
(イラスト:Produce any Colour TaIZ/岡本和泉)

1 2

映画は死なず

新着記事

  • 2024.12.03
    きわどい熟年女性の性愛表現から母の優しさまでフラン...

    『山逢いのホテルで』見どころ

  • 2024.12.03
    東京ステーションギャラリー「生誕120年 宮脇綾子...

    応募〆切: 1月20日(月)

  • 2024.12.02
    橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦・三田明の青春歌謡四天王...

    松竹青春歌謡映画のヒロイン 尾崎奈々

  • 2024.12.02
    大注目のボートレーサーが集結した「2025年 BO...

    応募〆切:12月20日(金)

  • 2024.11.28
    第5回【東宝映画スタア☆パレード】酒井和歌子&内藤...

    文=高田雅彦

  • 2024.11.28
    クリスタルキングが歌唱した「大都会」の唯一無二のハ...

    クリスタルキング「大都会」

  • 2024.11.27
    第55回【萩原朔美 スマホ散歩】いまどきのカバン考...

    見事な自己表現!

  • 2024.11.25
    クリスマス・イブに手塚治虫の歴史的名作が蘇る!映画...

    応募〆切:12月15日(日)

  • 2024.11.21
    「星影のワルツ」「北国の春」という2つの大ヒット曲...

    千昌夫「夕焼け雲」

  • 2024.11.20
    能登の子どもたちや被災者を、美しい音楽で励ましてく...

    被災者に勇気を与えるウイーン・フィルの活動

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!