散歩は、街を一冊の本のように読むことだ。だから、スマホでの撮影は、読書感想を忘れないための、メモ書きみたいなものなのだ。この「スマホ散歩」を読んでくれた人が、それぞれの街を読書し始めたらとても嬉しい。何か楽しい風景に出会えることを願っている。
第53回 2024年9月30日
ニューヨークの映画館で、アートフイルムを観た事がある。50年前だ。
その映画館は席と席の間に仕切りの壁があって、隣りの人が見えない。前の席に座っている人も見えないように背中の部分に壁が設置されている。
だから、観客は自分一人だけのように感じる不思議な映画館だった。
今から考えると、あのシステムは、未来を先取りしていたなあ、と思う。
今や、映画は配信で1人で観る時代だ。私の友人は、観客のマナーが悪いから映画館ではもう観ないと言っている。携帯の光も、食べる音もしない自宅鑑賞が1番楽しいと言う。そう言えば、芝居の観客のマナーが悪くなっている話しはよく聞く。
その内、芝居も50年前のニューヨークのように、スッポリとカプセルのような音の漏れない観客席におさまって観るようになるかもしれない。
近所の公園のベンチに、何年か前に1人用が出現した。何もかもが、他人との接触を拒否する冷たい時代に入ったのだろうか。
はぎわら さくみ
エッセイスト、映像作家、演出家、多摩美術大学名誉教授。1946年東京生まれ。祖父は詩人・萩原朔太郎、母は作家・萩原葉子。67年から70年まで、寺山修司主宰の演劇実験室・天井桟敷に在籍。76年「月刊ビックリハウス」創刊、編集長になる。主な著書に『思い出のなかの寺山修司』、『死んだら何を書いてもいいわ 母・萩原葉子との百八十六日』など多数。現在、萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち 前橋文学館の館長、金沢美術工芸大学客員教授、前橋市文化活動戦略顧問を務める。 2022年に、版画、写真、アーティストブックなどほぼ全ての作品が世田谷美術館に収蔵された。