20.07.03 update

心のこもった卒業式

私の生前整理 2013年10月1日号より


文=玄侑宗久
(作家・僧侶)

想像できない自分の死後のこと

「私の生前整理」というシリーズのようだが、たしかに最近は、生前から死後の希望をノートに書いたり、遺言書を書く人が増えているようだ。

 私も職業柄、そのような場面に触れる機会が多いのだが、つくづく思うのは、人間、自分の死後のことは、どんなに想像力が豊かでも自分では冷静に想像できない、ということである。

 社長が辞めて別人に変わるだけで、会社の様子が一変することがある。それと同様、あるいはそれ以上に、本人が亡くなるとその周囲の様相は一変するのだが、生前にはその変化の詳細はおろか、変化の方向性さえわからない。どうしても希望的観測が入り込むせいだろうと思う。

 その結果、残された遺言が見当違いに思え、ノートに書かれた細かい指示も、単なるワガママのように思えてきたりする。そして「和尚さん、どうしたらいいでしょう」などと遺族が相談してくるのである。

 理想を言えば、遺言の内容は、あくまでも生前に自分で努力し、なんとか叶えてしまえばいい。一つずつ叶え、遺言を一項目ずつ消していき、実際に亡くなった際には何もなかった、というのが一番いい。

 モノもそうだ。遺産分配に雑多なモノまで含めるよりも、生前に潔くあげてしまうのがいい。檀家さんの一人で、三年着なかった着物は処分する、と決めて周囲にあげていたお婆ちゃんがいたが、それによって死後、家族がどれほど助かったか計り知れない。思いのこもっているであろう品々を、本人以外が処分するのは結構つらいのである。

生前にどうしてもしておきたいこと

 モノや思いは残さず、それについては充分語りつつ特定の人々にあげてしまう。そして死後のあれこれは、見当違いな指示をするのではなく、生き残っている人々にお任せしてはどうだろう。

 個性が尊重される時代、自分だけの在り方が死後にまで欲求されているように思える。やれお骨は海に撒け、山に撒け、あるいはお墓は要らないなど、そこには、全員が採れる方法を模索するのではなく、「私くらいいいだろう」という浅薄な考えが透けてみえる。しかも自分の死が、死後は自分の問題ではなく、家族や友人たちにとっての長期にわたる切実な問題であることが忘れられているのである。

 もしも生前にどうしてもしておいてほしいことを一つだけあげるなら、葬儀という卒業式を行なうための学校に、入学だけはしておいてほしい。入学していない人の卒業式を行なうモグリの業者が都会にはたくさんあるが、最後がモグリではどんな人生も浮かばれない。

 心のこもった卒業式は、お金をいくら残しても、それだけでは叶わないはずである。

げんゆう そうきゅう
作家・僧侶。1956年福島県生まれ。慶応義塾大学文学部中国文学科卒業。2001年、「中陰の花」で、第125回芥川賞受賞。07年には柳澤桂子氏との「般若心経 いのちの対話」で第68回文藝春秋読者賞を受賞。『四雁川流景』(文藝春秋)、『テルちゃん』(新潮社)、『阿修羅』(講談社)などの小説のほか、『荘子と遊ぶ』(筑摩選書)『日本的』(海竜社)など幅広い論考や随想、また『自然と生きる』(東京書籍)など対談本も多い。近著にエッセイ集『無功徳』(海竜社)、呼吸についての五木寛之氏との対談『息の発見』(平凡社)、『禅のいろは』(PHP)などがある。08年2月より、福聚寺第38世住職。また妙心寺派現代宗学委員。福島県警通訳。福島県立医大病院、経営審議会委員。09年4月より京都・花園大学文学部客員教授(国際禅学科)。11年4月から、新潟薬科大学客員教授(応用生命科学部)。

映画は死なず

新着記事

  • 2024.05.02
    『ヒットマン』のザヴィエ・ジャン監督の最新作『FA...

    応募〆切:5月13日(月)

  • 2024.05.02
    〝私をカンヌに連れてって〟くれたエドワード・ヤン監...

    文=河井真也

  • 2024.05.02
    人々はどうやって映画を愉しんできたのか、鎌倉市川喜...

    4月13日[土)~7月7日(日)

  • 2024.05.02
    山本リンダの「こまっちゃうナ」から「どうにもとまら...

    遠藤実のレコード会社を救ったヒット曲

  • 2024.05.01
    自分の街、がなくなった ─萩原 朔美   

    第13回 キジュからの現場報告

  • 2024.05.01
    日本人デザイナーのパイオニアとして世界で活躍した髙...

    7月6日(土)~9月16日(月・祝)

  • 2024.04.30
    泉屋博古館東京 企画展「歌と物語の絵 ─雅やかな...

    応募〆切:5月27日(月)

  • 2024.04.26
    92歳の現代美術作家・三島喜美代の東京での初の個展...

    5月19日(日)~7月7日(日)

  • 2024.04.26
    中村勘九郎、七之助を中心に若手歌舞伎俳優たちが新宿...

    5月3日(金・祝)~26日(日)

  • 2024.04.26
    銀幕の大女優・浅丘ルリ子の159本の出演作の中から...

    5月13日(月)、14日(火)

特集 special feature 

わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の  「芸業」

特集 わだばゴッホになる ! 板画家・棟方志功の 「芸業...

棟方志功の誤解 文=榎本了壱

VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いなる遺産

特集 VIVA! CINEMA 愛すべき映画人たちの大いな...

「逝ける映画人を偲んで2021-2022」文=米谷紳之介

放浪の画家「山下 清の世界」を今。

特集 放浪の画家「山下 清の世界」を今。

「放浪の虫」の因って来たるところ 文=大竹昭子

「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

特集 「名匠・小津安二郎」の生誕120年、没後60年に想う

「いい顔」と「いい顔」が醸す小津映画の後味 文=米谷紳之介

人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

特集 人はなぜ「佐伯祐三」に惹かれるのか

わが母とともに、祐三のパリへ  文=太田治子

ユーミン、半世紀の音楽旅

特集 ユーミン、半世紀の音楽旅

いつもユーミンが流れていた 文=有吉玉青

没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、展覧会「萩原朔太郎大全」の旅 

特集 没後80年、「詩人・萩原朔太郎」を吟遊す 全国縦断、...

言葉の素顔とは?「萩原朔太郎大全」の試み。文=萩原朔美

「芸術座」という血統

特集 「芸術座」という血統

シアタークリエへ

喜劇の人 森繁久彌

特集 喜劇の人 森繁久彌

戦後昭和を元気にした<社長シリーズ>と<駅前シリーズ>

映画俳優 三船敏郎

特集 映画俳優 三船敏郎

戦後映画最大のスター〝世界のミフネ〟

「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の流行歌 

昭和歌謡 「昭和歌謡アルバム」~プロマイドから流れくる思い出の...

第一弾 天地真理、安達明、久保浩、美樹克彦、あべ静江

故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・木下惠介のこと

特集 故・大林宣彦が書き遺した、『二十四の瞳』の映画監督・...

「つつましく生きる庶民の情感」を映像にした49作品

仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監督の信念

特集 仲代達矢を映画俳優として確立させた、名匠・小林正樹監...

「人間の條件」「怪談」「切腹」等全22作の根幹とは

挑戦し続ける劇団四季

特集 挑戦し続ける劇団四季

時代を先取りする日本エンタテインメント界のトップランナー

御存知! 東映時代劇

特集 御存知! 東映時代劇

みんなが拍手を送った勧善懲悪劇 

寅さんがいる風景

特集 寅さんがいる風景

やっぱり庶民のヒーローが懐かしい

アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

特集 アート界のレジェンド 横尾忠則の仕事

60年以上にわたる創造の全貌

東京日本橋浜町 明治座

特集 東京日本橋浜町 明治座

江戸薫る 芝居小屋の風情を今に

「花椿」の贈り物

特集 「花椿」の贈り物

リッチにスマートに、そしてモダンに

俳優たちの聖地「帝国劇場」

特集 俳優たちの聖地「帝国劇場」

演劇史に残る数々の名作生んだ百年のロマン 文=山川静夫

秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

特集 秋山庄太郎 魅せられし「役者」の貌

役柄と素顔のはざまで

秋山庄太郎ポートレートの美学

特集 秋山庄太郎ポートレートの美学

美しきをより美しく

久世光彦のテレビ

特集 久世光彦のテレビ

昭和の匂いを愛し、 テレビと遊んだ男

加山雄三80歳、未だ青春

特集 加山雄三80歳、未だ青春

4年前、初めて人生を激白した若大将

昭和は遠くなりにけり

特集 昭和は遠くなりにけり

北島寛の写真で蘇る団塊世代の子どもたち

西城秀樹 青春のアルバム

特集 西城秀樹 青春のアルバム

スタジアムが似合う男とともに過ごした時間

「舟木一夫」という青春

特集 「舟木一夫」という青春

「高校三年生」から 55年目の「大石内蔵助」へ

川喜多長政 &かしこ映画の青春

特集 川喜多長政 &かしこ映画の青春

国際的映画人のたたずまい

ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

特集 ある夫婦の肖像、新藤兼人と乙羽信子

監督と女優の二人三脚の映画人生

中原淳一的なる「美」の深遠

特集 中原淳一的なる「美」の深遠

昭和の少女たちを憧れさせた中原淳一の世界

向田邦子の散歩道

特集 向田邦子の散歩道

「昭和の姉」とすごした風景

information »

ロマンスカーミュージアムが3周年記念イベントを開催!

イベント ロマンスカーミュージアムが3周年記念イベ...

4月10日(水)~5月27日(日)

あの人この人の、生前整理archives

あの人この人の、生前整理archives
読者の声
Social media & sharing icons powered by UltimatelySocial
error: Content is protected !!