本作の映画案内には、「ヒューマンサスペンス」とある。映画の性格を仕分けする業界の人々にとって確かに他に表現が見当たらないのかも知れない。だがこれは現代の〝空白〟を見つめ描こうとした監督・𠮷田恵輔の、鋭い眼差しから突き付けてきた警鐘であり、紛れもない社会派ドラマである。あるいは〝空白〟が埋められない現代の日常に潜む恐怖を描いているという意味では〝サスペンス〟と言えるが、それが孤立感なのか、孤独感なのか、転じて全て他人事なのか。
学内でも関心が向けられない孤独な少女のスーパーでの万引き事件。店長に追われ逃げる少女は車に轢かれ即死する。𠮷田監督は、約20年前に古書店で実際に起きた中学生の万引きと逃走中の事故をモチーフにしたという。
メディアの世界の端くれにいるだけに、事件報道の姿勢が目障りに飛び込んでくる。相変わらずの興味本位のTVのニュースショー、したり顔のMCやコメンテーター、鬼の首を取ったようにふるまうレポーターetc.マスコミ人という特権意識が横暴を生み、事件を歪め、真実を見えなくする。ほぼほぼ我々が日常目にしている事件報道そのものである。
「万引きした女子中学生への店側の対応に行き過ぎはなかったか」と煽り、「万引きして逃げ出した子を追って何が悪いという気持ちがある」という店長の言葉だけを切り取った悪意ある編集で放送される。娘の命を交通事故で奪われた父親の怒りは、スーパーの店長に向かうのは当然であった。その怒りは凶暴さを増し狂気となって、常軌を逸してゆく……。
どうにも救いようがない展開から、少女を轢いた女性が罪の意識から自殺してしまう。再び泥沼が続くと思わせるが、通夜の晩その母の潔い言葉に、父は少女に対してはじめて無関心だったこと、娘について何も知らなかったことに気づいてゆく……。そして、亡き娘との〝空白〟が埋まったと思わせるラストシーンに、誰もが涙するであろう。
2021年9月23日(木)全国公開
出演:古田新太 松坂桃李
田畑智子 藤原季節 趣里 伊東蒼 片岡礼子 寺島しのぶ
監督・脚本:𠮷田惠輔
音楽:世武裕子
企画・製作・エグゼクティブプロデューサー:河村光庸
制作プロダクション:スターサンズ
撮影協力:蒲郡市
配給:スターサンズ/KADOKAWA
製作:2021『空白』製作委員会
レイティング:PG12
公式サイト:kuhaku-movie.com