文=三谷幸喜
2010年4月1日号 PERSON IN STYLE《美しいとき》より
軽やかさ、うららかさ、繊細さ、優美さとさまざまな色をまとって登場した、
富司純子さん。
凜とした美しさとしなやかな立ち居振る舞い、清々しい風が立ち、その場は一瞬にして春の光に包まれた。
今回、「富司純子」論を書いてくださったのは脚本家の三谷幸喜さん。
そこには脚本家の目から見た女優論とともに憧れの人を前に
ときめく少年のほのかな恋心にも似た淡い慕情がしたためられていた。
富司純子さん、「この人しかいない!」
今春(2010年)放送のフジテレビ開局50周年を記念したスペシャルドラマ「わが家の歴史」は、博多に暮らす、ある家族の戦後史を8時間に渡って描く大作です。僕はその脚本を担当しました。ホンの第一稿が上がった去年の夏、プロデューサーとキャスティング会議を開きました。主演は柴咲コウさん。その父親が西田敏行さん。そこまではすぐに決まったのですが、難航したのが母親のマキ役。この女性、元々は良家のお嬢さんなのですが、夫の事業が失敗して、一家は貧乏暮らし。その後も夢ばかり追いかける夫に、不平不満を洩らしながらも、5人の子供たちを育てて行く、一家の要となる役どころです。僕のイメージは、上品だけど芯が強く、芯は強いけど、控え目。控え目だけど、しっかり者で、しっかり者だけど、かわいい。つまり、かなり難しいキャラクターです。なにより、家族を怒っているシーンが多いので、どんなに激昂しても、決して嫌味にならない人でなければなりません。いろんな女優さんの名前が浮かんでは消えて行きました。そして最終的に、「この人しかいない!」となったのが、富司純子さんでした。
「雲の上の人が僕のドラマに!」 まさに夢のような話
僕らの世代からすると、「富司純子」はもう雲の上の人。見た目の印象もあってオードリー・ヘプバーンとどこか重なる大女優さんです。そんな方が果たして僕のドラマに出てくれるのだろうか。でも、出て欲しい! 僕にとっての富司さんは映画『あ・うん』の「民子」さんです。あの時の、富司さんのかわいさは尋常ではありませんでした。カンカン帽を被って、踊ってみせる茶目っけたっぷりの表情は、今でも脳裡に焼き付いています。昭和の常に夫の半歩後ろをついていく感じも、今回のドラマに通じるところがあります。マキを演じられるのは富司さん以外にはないと、僕は確信していました。
プロデューサーがダメ元で出演をお願いしました。すると信じられないことに、富司さんは快く了承して下さいました。僕の作品は何本もご覧になっていたそうで、今回のドラマにも、とても興味を示して下さっているとのこと。まさに夢のような話ではありませんか。憧れの役者さんが、自分の作品に出てくれて、自分の書いた台詞を口にしてくれる。それは脚本家にとって二番目に幸せなことです(一番目は後に出て来ます)。