21.09.29 update

第7回【成城シネマトリビア】  成城商店街は、まるで映画会社のオープンセット

1932年、東宝の前身であるP.C.L.(写真化学研究所)が
成城に撮影用の大ステージを建設し、東宝撮影所、砧撮影所などと呼ばれた。
以来、成城の地には映画監督や、スター俳優たちが居を構えるようになり、
昭和の成城の街はさしずめ日本のビバリーヒルズといった様相を呈していた。
街を歩けば、三船敏郎がゴムぞうりで散歩していたり、
自転車に乗った司葉子に遭遇するのも日常のスケッチだった。
成城に住んだキラ星のごとき映画人たちのとっておきのエピソード、
成城のあの場所、この場所で撮影された映画の数々をご紹介しながら
あの輝きにあふれた昭和の銀幕散歩へと出かけるとしましょう。

 今や高級住宅地として知られる、世田谷区成城。小田急線が開通する昭和2年(1927)まで、成城学園の生徒たちは京王線の烏山駅からスクールバスを使って通学していたという。小田急「成城学園前」駅ができると、創立の地・牛込からついてきた酒店や靴店、新たに開店したニイナ薬局、成城凮月堂、石井食料品店(元は果物店:のちの成城石井)、東京堂(現在の成城パン)などにより、今に通じる駅前商店街が形成される。

小田急線開通当時の「成城学園前」駅舎。駅前に並ぶ人力車に驚く
写真提供:成城学園教育研究所
昭和初期の駅前商店街風景 写真提供:成城学園教育研究所

 撮影所を当地に置いたP.C.L.=東宝は、成城学園のキャンパスでは学園もの(『エノケンの千万長者』36年)、住宅街では現代劇(『江見家の手帖』39年)、すぐ近くにあった御料林(註1)では時代劇(例えば『虎の尾を踏む男達』45年/公開は52年)といった具合に、それぞれの場所をまるでオープンセットのように使って撮影するのが常であった。撮影所脇の田圃では、『わが青春に悔いなし』(46年)の原節子と杉村春子が田植えに励むシーンも撮影されているが、当然のことながら、駅前や商店街も重要なロケ地となった。

北口駅前「ニイナ薬局」前での映画撮影風景。作品名不詳 写真提供:成城学園教育研究所

 代表的なところでは、少しのちの作品となるが、有馬稲子東宝時代の主演作『泉へのみち』(筧正典監督:55年)、淡島千景&久慈あさみ主演の『チャッカリ夫人とウッカリ夫人 夫婦御円満の巻』(青柳信雄監督:56年)、江利チエミ主演・成城居住の青柳監督による『サザエさん』シリーズ(56〜61年)(註2)、小林桂樹主演の『御用聞き物語』正続篇(丸林久信監督:57年)、香川京子主演・久松静児監督の佳作『早乙女家の娘たち』(62年)、『お姐ちゃん』シリーズの一篇『お姐ちゃん三代記』(筧正典監督:63年)、それに伴淳三郎・小沢昭一・宝田明による詐欺師もの『3匹の狸』(鈴木英夫監督)や千葉泰樹監督による京マチ子主演作『沈丁花』(どちらも66年)といった文芸作があり、面白いところではザ・ドリフターズの名を冠した喜劇『ドリフターズですよ! 盗って盗って盗りまくれ』(渡辺祐介監督:68年)なども、成城駅前の商店街を使って撮られた東宝作品となる。

 しかし、成城の駅前が最もインパクトのある形で登場する作品と言えば、やはりこの二作を挙げざるを得ない。それは、「スーダラ節」(61年リリース)で大ブレイクを果たした植木等を主演に据えた『ニッポン無責任時代』と、その姉妹篇となる『ニッポン無責任野郎』(両作とも62年)。どちらも前年の『アワモリ君乾杯!』(61年)で、売り出し中の坂本九を成城駅前(ついでに撮影所内の怪獣倉庫にも)に立たせた古澤憲吾監督による、‶悪漢サラリーマンもの〟である。

 一作目の『無責任時代』では、石井食料品店が登場。ハナ肇扮する会社社長の愛人=芸者(団令子)が運転する車に同乗した主人公の平均(たいらひとし:植木等)が警察官(宮田羊容)の検問に遭うのは、夜間シーンで判りにくいが、実は当店の店先なのだ。店構えからは、今や高級スーパー・チェーン(註3)に変貌を遂げた当店が、果物店として出発した事実がよく見て取れる。

 続く『無責任野郎』では、さらに仰天の展開が見られる。東横線の自由が丘駅を‶無賃降車〟した源等(みなもとひとし)が駅西方の踏切を渡るや、源はいきなり成城南口駅前へと瞬間移動! これは古澤憲吾監督による、それこそ無責任な演出かと言えば、さにあらず。当時の植木等の過密スケジュールを考えれば、これぞまさに〈苦肉の策〉と言うべき措置=カット繋ぎだったのだ。

 靴磨き中の男(井上大助)から煙草を失敬し、東宝撮影所方面へと向かったはずの源が、次に「無責任一代男」を歌いながら現れるのは、真反対に当たる北口の成城パン前。懐かしい駅舎の姿が見られるのも嬉しいが、画面に写るエキストラの数が半端ないのは、何と言っても当時の東宝の勢いの表れ。まるで商店街全体がオープンセットといった趣である(註4)

自由が丘駅に降り立ったはずの植木等が続いて姿を見せるのは成城駅南口 撮影:神田亨
住友銀行(当時)前で靴磨き中の男から煙草を失敬すると、植木は東宝撮影所方面(左方向)へと向かう         イラスト:岡本和泉、撮影:神田亨
次に植木が「無責任一代男」を歌いながら現れるのは、北口の「成城パン」前交差点  イラスト:岡本和泉、撮影:神田亨

  ちなみに、源が靴磨き中の男から煙草を失敬するのは、住友銀行(現三井住友銀行)前で、植木が団令子に結婚をアピールするため、1円で通帳を作る東京駅八重洲口前の銀行内部は、当行内にて撮影されている。銀行内でのロケーションなど、撮影所と関係深い成城支店くらいしか許可してくれなかったのであろう、当行では、ほかにも前述の『アワモリ君乾杯!』や『馬鹿と鋏』(谷口千吉監督:65年)といった東宝作品で内部ロケが行われている。

今ではすっかり建て替わった三井住友銀行成城支店 撮影:神田亨

 東宝以外でも、成城の駅前は多くの映画会社の作品に登場する。流行歌から想を得た『モンテンルパの夜は更けて』(青柳信雄監督:52年)、雪村いづみ主演の音楽映画『乾杯!女学生』(井上梅次監督:54年)、宇津井健主演による『スーパージャイアンツ』シリーズ(註5)の初期の数作(石井輝男監督:57年)に天知茂主演の戦時下サスペンス『憲兵と幽霊』(中川信夫監督:58年)といった新東宝作品、若尾文子の新妻ぶりが初々しい『新婚七つの楽しみ』(58年)や、若尾と川崎敬三の共演作『実は熟したり』(59年)、関根恵子(現高橋惠子)のセーラー服姿が眩しい『新高校生ブルース』(帯盛迪彦監督:70年)などの大映映画、日活作品では吉永小百合主演の『こんにちは20才』(森永健次郎監督:64年)や伊東ゆかりと松原智恵子が共演した『愛するあした』(斎藤耕一監督:69年)などで、その主演者たちが成城駅前や商店街を歩く姿を見ることができる。

 このように、成城商店街が多くの映画のロケ地となったのは、何と言っても新東宝(世田谷区砧)、大映(調布市多摩川)、日活(調布市染地)の撮影所が、東宝と同様に成城近辺に位置したことが大きい。映画会社にとって、近場で撮影した方が効率的なのは当たり前。各社が当地を‶オープンセット〟代わりに使用したのは、極めて合理的かつ自然なことであったのだ。

 ところで、小林桂樹や吉永小百合が店頭に現れた「成城凮月堂」では、意外な小道具も作られている。これについては、次回のお楽しみということで……。

(註1)御料林と呼ばれていた「砧御料地」は、当初成城学園の移転候補地のひとつだったが、払い下げがならず、学園は現在の場所を選択。戦時中、空襲が激しくなったときには、学習院がここに移転する計画もあったときく。

(註2)第1作目で磯野家は、「成城三丁目5番地」に家を構えている設定となっている。サザエさんが買い物をする成城商店街の店構えを見ると、下町の雰囲気が濃厚で、磯野家が当地にある設定となっているのも実に合点がいく。

(註3)黒澤家がウイスキーをダース単位で注文したり、スタッフにふるまう大量の牛肉を仕入れたりしたこともあってか、黒澤和子さんは冗談交じりながら「石井が高級スーパーになったのは、パパのお陰」と主張されていた。

(註4)続いてハナ肇と出くわす場面では、『サザエさん』(56年)でワカメ(松島トモ子)が靴下を買いに行かされる衣料品店・マルケーや、浦山桐郎監督作『私が棄てた女』(日活:69年)でもロケ地となった和菓子店・青柳のビルを見ることができる。なお、植木は『日本一の色男』(63年)で南口にあった銭湯・成城湯、『日本一のホラ吹き男』(64年)では石井の隣にあった吉田書店にも姿を現している。

(註5)一人しかいないのに、なぜか『スーパージャイアンツ』と複数形のタイトルをつけられた本シリーズ。そのコスチュームからして明らかに『スーパーマン』を意識して作られたものだが、宇津井健にとっては思い出したくない主演作だったに違いない。宇津井が成城に居を構えたのは、この映画の影響か?


たかだ まさひこ
1955年1月、山形市生まれ.生家が東宝映画封切館「山形宝塚劇場」の株主だったことから、幼少時より東宝作品に親しむ。黒澤映画、クレージー映画、特撮作品には特に熱中。三船敏郎と植木等、ゴジラが三大アイドルとなる。大学は東宝撮影所にも程近い成城大を選択。卒業後は成城学園に勤務しながら、東宝を中心とした日本映画研究を続ける。現在は、成城近辺の「ロケ地巡りツアー」講師や映画講座、映画文筆を中心に活動。著書に『成城映画散歩』(白桃書房)、『三船敏郎、この10本』(同)、『七人の侍 ロケ地の謎を探る』(アルファベータブックス)がある。近著として、植木等の偉業を称える『今だから! 植木等』を準備中(今秋刊行予定)。

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