22.03.04 update

「星のフラメンコ」が大ヒットの〝太陽の王子〟と呼ばれた 西郷輝彦

プロマイドで綴る
わが心の昭和アイドル&スター

大スター、名俳優ということで語られることがない人たちかもしれないが、
青春の日々に密かに胸をこがし、心をときめかせた私だけのアイドルやスターたちがいる。
今でも当時の映画を観たり、歌声を聴くと、憧れの俳優や歌手たちの面影が浮かび、懐かしい青春の日々が甦る。
プロマイドの中で永遠に輝き続ける昭和の〝わが青春のアイドル〟たちよ、今ひとたび。

企画協力・写真提供:マルベル堂

©マルベル堂

 2月20日、西郷輝彦さんが逝った。2月5日に75歳の誕生日を迎えたばかりだった。西郷輝彦を語るとき、歌手としての部分と同時に俳優としての部分がある。若い世代の人たちにとっては、俳優という認識が強いのではないだろうか。芸能界に入ったのは、歌手としてで、東京オリンピックが開催された1964年(昭和39)、前年に設立されたばかりのクラウンレコードから「君だけを」でデビューし、いきなり60万枚を売り上げた。芸名は同郷の英傑、西郷隆盛にちなむ。また、クラウン所属の歌手には、北島三郎、水前寺清子、美川憲一、瀬川瑛子、鳥羽一郎らがいる。

 その後、「十七才のこの胸に」もヒットし、同年、都はるみと共に日本レコード大賞の新人賞に輝き、NHK紅白歌合戦にも初出場を果たした。紅白には10年連続で出場している。太く凛々しい眉、彫りの深い南国の青年らしい貌、脚が長くモダンなルックス。デビュー当時のキャッチフレーズは〝太陽の王子〟だった。先にデビューした橋幸夫、舟木一夫と共に〝御三家〟と呼ばれトップアイドルの座を手にした。「涙をありがとう」「恋人ならば」「涙になりたい」「初恋によろしく」「恋人をさがそう」「潮風が吹き抜ける町」といったヒット曲のなかで、西郷の魅力が開花したのは、「星娘」「星のフラメンコ」「願い星叶い星」の浜口庫之助作詞・作曲による一連の〝星シリーズ〟だろう。特に『星のフラメンコ』は西郷の持ち味であろうビートポップス色が活かされた流行歌として大ヒットして、西郷の代表曲となった。66年の紅白でも、その年の人気を象徴するようにトップバッターを務めた。70年代には、阿久悠作詞、川口真(「人形の家」「絹の靴下」「積木の部屋」などのヒット作を手がけた。2021年死去)作曲の「真夏のあらし」でシャウトして歌うなど、よりロック色を全面に押し出していた。だが、歌手としての陰りのようなものが見えていたことも現実だった。

 芸能界におけるその後の西郷の方向性を決定的にしたのは、73年に劇作家花登筐(はなと こばこ)の誘いを受け出演したテレビドラマ「どてらい男(ヤツ)」である。当時、「細腕繫盛記」を筆頭に花登作品はいくつもドラマ化され人気を得ていた。「どてらい男」は73年から77年まで放送され西郷の俳優としての当り役として語られ、これ以降歌手活動を一時縮小する。そこからはコンスタントに映画やテレビドラマに出演し、遠山金四郎を演じた「江戸を斬る」は6年間にわたってシリーズ化され、「警部補 佃次郎」シリーズは全21作放送されている。デビュー当時から『十七才のこの胸に』を皮切りにヒット曲が数多く映画化されており、テレビドラマにもデビュー間もなくNHK「若い季節」「虹の設計」などに出演していたので、腕に覚えあり、といったところだろう。歌手としてのステージもそうだが、俳優としての演技にテレというものを西郷から感じたことがない。恐らく思い切りがいいのではないか。人懐っこくてさみしがり屋だったという声も聞こえてくるが、一人で歌うどこか孤独な歌手よりも、仲間たちと作品を創り上げる俳優の現場のほうが、西郷には性に合っていたのではなかったのかと推察してしまう。テレビドラマで出会った森繫久彌に師事し、森繫主演の舞台にも出演を重ね、89年の『蘆火野』では菊田一夫演劇賞に輝いた。後年は、石井ふく子演出舞台の常連で『華々しき一族』『女たちの忠臣蔵』などに出演している。また、ドラマ以外でも66年から68年にかけて放送された若者向けの音楽番組「ヤマハヤングジャンボリー」で司会を務めていたが、歌って踊る若さはじける西郷輝彦はカッコよかった。

 訃報に触れ多くの人たちが悔やみのメッセージを寄せていたが御三家の1人である舟木の言葉が心に響いた。西郷の死が報じられた当日は、コメントできないほど意気消沈していたという舟木は、その翌日コンサートの開幕前にマスコミの取材に応じた。晩年、2人は2、3か月に一度は電話しあう仲で、舟木は西郷を「輝さん」と呼び、互いに慕い合っていたという。御三家と呼ばれ仕事に追われ、親しく会話を交わすこともままならなかった時間を取り戻そうとしていたのだろうか。「しのぎを削った人というのは、何十年経っても宝物」「悲しいとかさみしいとかといった感情ではなく、体の中からすっとひとつ何か持っていかれたような」と深い喪失感の心境を語った。

 2020年、西郷輝彦は芸能生活55周年の記念コンサートを開催することになっていて、西郷自身が直接舟木に出演を依頼し、舟木の友情出演が決まっていたが、コロナ禍により延期となり、その後21年に組まれたスケジュールも結局中止になり、実現にはいたらなかった。西郷はひどく残念がっていたという。14年に舟木、西郷、三田明の3人が〝BIG3〟として一緒に「徹子の部屋」に出演した回があった。番組では3人がそれぞれの持ち歌を交換して歌い合うコンサートの模様なども紹介されていた。55周年のステージで西郷と舟木がどんな会話を交わすのか観たかった。そして、あの『星のフラメンコ』を今一度聴いてみたかった。昭和歌謡の大きな星がまた1つ消えた。

 

文:渋村 徹(フリーエディター)

プロマイドのマルベル堂
大正10年(1921)、浅草・新仲見世通りにプロマイド店として開業したマルベル堂。2021年には創業100年を迎えた。ちなみにマルベル堂のプロマイド第一号は、松竹蒲田のスター女優だった栗島すみ子。昭和のプロマイド全盛期には、マルベル堂のプロマイド売上ランキングが、スターの人気度を知る一つの目安になっていた。撮影したスターは、俳優、歌手、噺家、スポーツ選手まで2,500名以上。現在保有しているプロマイドの版数は85,000版を超えるという。ファンの目線を何よりも大切にし、スターに正面から照明を当て、カメラ目線で撮られた、いわゆる〝マルベルポーズ〟がプロマイドの定番になっている。現在も変わらず新仲見世通りでプロマイドの販売が続けられている。

マルベル堂 スタジオ
家族写真や成人式の写真に遺影撮影など、マルベル堂では一般の方々の専用スタジオでのプロマイド撮影も受けている。特に人気なのが<マルベル80’S>で、70~80年代風のアイドル衣装や懐かしのファッションで、胸キュンもののアイドルポーズでの撮影が体験できるというもの。プロマイドの王道をマルベル堂が演出してくれる。
〔住〕台東区雷門1-14-6黒澤ビル3F

読者の皆さまへ

あなたが心をときめかせ、夢中になった、プロマイドを買うほどに熱中した昭和の俳優や歌手を教えてください。コメントを添えていただけますと嬉しいです。もちろん、ここでご紹介するスターたちに対するコメントも大歓迎です。

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