シネマ歌舞伎
『桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)上の巻/下の巻』
1982年(昭和57年)2月、京都南座で、〝孝玉コンビ〟と呼ばれ一大ブームを巻き起こした片岡孝夫(現・片岡仁左衛門)と坂東玉三郎のコンビによる『桜姫東文章』を観た。この芝居を観るためだけに京都へ出かけたのだった。お姫様ながら本能のまま、情熱のままに生きる桜姫、運命のおそろしさにおののき身を滅ぼす清玄、悪の魅力を強烈に放つ権助らによる肉体的で官能的なロマン、おののくほどの美しさだった。それは、大倉舜二氏撮影によるポスターにも表れていた。色鮮やかな着物が広がる中で、体を寄せ合う桜姫と権助。一緒に観劇したアメリカ人の友は、その大判ポスターを購入し、自室に張り続けていた。それ以来、彼は歌舞伎の虜になった。
そして、2021年4月、36年ぶりに仁左衛門(前名 孝夫)と玉三郎の共演で『桜姫東文章』が上演されるとのニュースには、胸が躍った。ファン待望の再演だけあって、チケットはもちろん即日完売。チケットを入手できず多くのファンが涙を飲んだ。4月に「上の巻」が、6月に「下の巻」が上演された。仁左衛門と玉三郎の綾なす舞台は、一瞬たりとも目を離すことができなかった。82年当時から色褪せることなく、いやさらに美しさを増していた。濃密な濡れ場は究極の美しいエロスの世界であった。
この奇跡の舞台がシネマ歌舞伎として4月に大スクリーンでよみがえるという。仁左衛門と玉三郎のインタビューに加え、シネマ歌舞伎ならではのカットや編集を盛り込み、ドラマティックな映像作品となっている。
大河ドラマ「麒麟が来る」に主演し、玉三郎と共演した俳優の長谷川博己は、「瞬きから指先まで、格調高く繊細で優美な芝居が「寄り」でも見られる。スクリーンで観る意義はここにある!」とコメントを寄せ、玉三郎を主演に映画『夜叉ケ池』のメガホンを取った篠田正浩は、「貴族の姫でありながら淫乱な性欲から娼婦にまでおちぶれる桜姫を女形の坂東玉三郎が演じ、二役を担う片岡仁左衛門とのセリフの応酬からは、オペラのような音楽性が発揮され、シネマ歌舞伎として鑑賞できました。私の耳底は鶴屋南北と同時代を生きた小林一茶の俳諧とも響き合っています。 世の中は地獄の上の花見かな」(篠田正浩氏のコメントは一部抜粋・全文はシネマ歌舞伎HP内に掲載)と、人々を映画館へといざなう賛辞を贈っている。
多彩なカメラワークで映し出される頽廃的な美の世界を楽しみたい。
シネマ歌舞伎『桜姫東文章(さくらひめあずまぶんしょう)上の巻/下の巻』
「上の巻」4月8日(金)より、「下の巻」4月29日(金・祝)より東京・東劇はじめ全国54館で公開
出演
「上の巻」片岡仁左衛門、坂東玉三郎、中村歌六、中村鴈治郎、中村錦之助、上村吉弥、中村福之助、片岡千之助、片岡松之助 ほか(令和3年4月歌舞伎座公演)
「下の巻」片岡仁左衛門、坂東玉三郎、中村歌六、中村錦之助、片岡孝太郎、上村吉弥、中村福之助、片岡千之助、嵐橘三郎 ほか(令和3年6月歌舞伎座公演)
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